洗礼盤

洗礼盤：キリスト教における入信の象徴

洗礼盤（せんれいばん）は、キリスト教の洗礼（バプテスマ）に用いられる神聖な教会用具です。ラテン語では「fons」、英語では「font, baptismal font」と呼ばれます。洗礼盤は、信徒が入信の儀式を想起する場所であり、その形状やデザインは、キリスト教の教義や歴史、地域の文化を反映しています。

滴礼・灌水礼用の洗礼盤

多くの教派では、滴礼や灌水礼のために作られた洗礼盤が用いられます。シンプルなものでは、約150cmほどの台座に水盤を置くための支えを取り付けたものがあります。素材は、彫刻が施された大理石、木材、金属など多岐にわたり、形状も様々ですが、八角形のものが一般的です。

八角形は、天地創造を想起させるとともに、伝統的に生後8日目に行う割礼に関連付けられています。また、三位一体を象徴するために三角形の洗礼盤も存在します。

洗礼盤は、礼拝堂の入口付近に置かれることが多く、信徒は自身の洗礼式を思い起こします。中世やルネサンス期には、洗礼盤を収めるための特別な礼拝堂である洗礼堂（ラテン語: baptisterium）が設けられることもありました。洗礼堂もまた、八角形の形状をとることが一般的でした。

アンブロジウスは、八角形の洗礼盤について「8日目にキリストは復活によって死の束縛を解き放ち、墓から死者たちを受け入れるから」だと述べています。アウグスティヌスも同様に、8日目について「キリストの復活によって永遠に聖なるものとなった」と表現しています。

洗礼盤に注がれる水の量は一般的に少量で、1.5リットルほどです。ポンプや湧水、重力などを利用して水流を作り、小川を模したものもあります。このような視覚的・聴覚的なイメージは、洗礼の「生きた水」という側面を表現するためのものです。教会によっては特別な聖水を用いることもあれば、水道水をそのまま用いることもあります。また、洗礼盤に水を注ぐために特別な銀製の水差し（en:ewer）が使われることもあります。

洗礼の方法は、「振りかける」「注ぐ」「洗う」「浸す」のいずれかが用いられます。これは、古典ギリシア語の動詞βαπτίζω(バプティゾー)に由来します。βαπτίζωには「沈める」という意味もありますが、ほとんどの洗礼盤は小さすぎるため、浸礼には使用できません。ただし、幼児を浸すのに十分な大きさの洗礼盤も存在します。

地域による洗礼盤のタイプ：イングランドの例

イングランドのある地方では、歴史的に一般的であったデザインの洗礼盤が見られます。イングランド南東部バッキンガムシャーとその周辺地域のいくつかの教会では、「エイルズベリー・フォント（英語: Aylesbury font）」と呼ばれるものが見られます。このタイプの洗礼盤は12世紀後半の1170年頃から1190年頃にかけて作られたもので、典型的な聖杯型であり、縁が溝彫りによって装飾的な彫刻が施されています。このタイプはノルマン様式建築の好例とされ、エイルズベリーの聖マリア教会で発見されたものにちなんで名付けられました。

他にも、バッキンガムシャーで発見された初期イングランド・ゴシック建築の「テーブルトップ（英語: table-top）」型、コーンウォールの「ボドミン・フォント（英語: Bodmin font）」、東アングリアの「セブン・サクラメント・フォント（英語: Seven Sacrament fonts）」、ヘレフォードシャーの「チャリス（聖杯）・フォント（英語: Chalice fonts）」などがあります。

浸礼槽

最初期の洗礼盤は、全身を水に浸すために設計された浸礼槽（英語: Baptismal pool）であり、その多くは十字架型でした。槽の中に入るための階段は、三位一体にちなみ3段のものが多かったようです。浸礼槽は、しばしば教会堂から独立した洗礼堂の中に設置されていましたが、次第に教会堂の主たる出入口の付近で洗礼式が行われるようになっていきました。

幼児洗礼が一般的になるにつれて、洗礼盤はより小さいものになっていきました。完全な浸礼のみを洗礼（バプテスマ）として認める教派は、浸礼槽を指して「洗礼盤」という語を使用する傾向にあります。一方、ローマ・カトリック教会では、洗礼盤といえば伝統的には浸礼槽ではないものを指します。

浸礼は、人工の水槽のほか、川や湖などの自然環境で行われることもあります。この場合、受洗者の全身を水に沈めることによって行われます。これは、ローマの信徒への手紙6章3〜4節に書かれているように「罪にある状態から死ぬこと」を象徴するものです。

東方正教においては、洗礼は常に3度の浸礼によって執行され、これは幼児洗礼の場合も同様です。滴礼や灌水礼は臨終期のみ認められます。この理由で、東方教会の洗礼盤は西方教会のそれよりも大型であることが多く、しばしば大きな聖爵（聖杯）の形状をとります（東方正教では洗礼後の幼児に対する聖体機密は重要な意義をもつ）。また、素材は石や木よりも金属のほうが一般的です。洗礼機密の間は、至聖三者（三位一体）を賛美するために3本のロウソクで洗礼盤やその周囲が照らされます。多くの正教教会では、神現祭において特別な聖水が成聖されます（大聖水式）。大聖水式は二度行われ、一度目は洗礼盤を用いて神現祭の前日の晩に、二度目は自然の水を用いて神現祭の当日に行われます。

ローマ・カトリック教会では、特に第2バチカン公会議（1962〜1965年）以降、洗礼盤の形状には大いに注意が払われています。現在のカトリック教会は、幼児や児童の全身を浸すことができ、成人には少なくとも全身に水を注ぐことができる大きさのものを推奨しています。洗礼盤は見えやすく使用しやすい位置に置かれるべきで、また水が流れるようになされているのが好ましいとされています。

末日聖徒イエス・キリスト教会（モルモン教会）のバプテスマは、通常は地域のワードにおいて簡素な水槽で執行されますが、全身を完全に浸すことができる水があればどのような環境でも行うことができます。神殿では死者のためのバプテスマが行われており、そのための水槽はソロモン神殿の「鋳物の海」に倣い、イスラエル12部族を表す12頭の雄牛の彫刻の上に置かれています。

洗礼盤は、キリスト教の信仰と歴史を体現する重要な象徴です。その多様な形状やデザインを通して、キリスト教の奥深さを感じ取ることができるでしょう。

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