洪家拳

洪家拳（こうかけん）とは

洪家拳は、中国南部で発展した南派少林拳を代表する武術流派です。日本では「洪家拳」と呼ばれることが多いですが、世界的には「洪拳(Hung Kuen)」として知られています。船上での戦闘を想定した低い姿勢と、腰を落とした状態からの力強い動作が特徴で、空手の騎馬立ちに似ています。呼吸法も独特で、笑い声のような発声法を用いることもあります。

実戦性と歴史

洪家拳は、即効性と実戦性の高さから、清朝末期の反政府秘密結社・三合会（さんごうかい）の間で広まりました。陸亞采（りくあさい）を創始者とする伝説があり、武侠小説や映画にも頻繁に登場します。また、洪家門の伝承者である林世栄（りんせいえい）は、香港に移住後に武館を開き、洪拳門の一派である虎鶴門（こかくもん）を広く伝えました。

南派少林拳のルーツとされる福建少林寺伝来の五形拳（ごぎょうけん）のうち、虎と鶴の拳が洪家拳の基礎になったという説（洪熙官伝説）がありますが、現在各派で練習されている五形拳は、近代に編まれたものです。洪家拳は、広東省五大名拳の筆頭とされ、中国では正義の英雄や革命闘士が愛用した拳として良いイメージで語られることが多いです。

ショウ・ブラザーズの映画（特に劉家良（ラウ・カーリョン）監督作品）の影響や、戦乱や政変を避けて海外に渡った武術家、華僑の護衛に洪家拳の修行者が多かったことから、世界各地の中華街には洪家拳の道場が多数存在します。功夫の修行や旧正月に行われる獅子舞の演舞などは、中国文化に触れるきっかけとなっています。

歴史的背景

洪家拳の起源は、明の時代に陝西省で紅拳（こうけん）を基に、他の武術を取り入れて作られたとされています。清朝時代には、反政府組織である洪門（三合会）が少林寺で学んだという説もあります。また、台湾では反政府運動家の鄭成功（ていせいこう）が「金台山」を創立し、中国南方に広まったとされています。これらの「老洪拳」とは別に、伝説的な武術家である黄飛鴻（ウォン・フェイフォン）や、少林五老と呼ばれる武術結社から誕生した門派を「新派洪拳」と呼んでいます。

技術体系

洪家拳の特徴は、強く俊敏な足腰（馬、マー）と、力強く精妙な前腕技術（橋手、キウサオ）です。虎爪（こそう）による掴み技を得意とします。高級套路に位置づけられる鐵線拳（てっせんけん）は、内功の鍛錬を行い、筋骨だけでなく内面も鍛えることで健身効果もあるとされています。また、伝承される武器術では、棍法に優れた特徴を持っています。

技の根幹は「鉄橋鉄馬」「硬橋硬馬」と呼ばれる力強い手足です。下半身の鍛錬を「礼馬（れいま）」と呼び、前腕部を指す「橋」の要訣としては「圏」「沈」「傍」「架」「載」「穿」などがあります。様々な橋手を駆使し、重い橋手で敵の防御をこじ開け、正面突破の攻撃を得意とします。前腕部の鍛錬には、木人椿（もくじんとう）を用いたり、重い鉄環を腕につけて型を行うなどの方法があります。

歩法も豊富で、12種類の「十二橋馬」が存在します。具体的には、四平大馬、子午馬、伏虎馬、麒麟馬、吊馬、獨鶴馬、中字馬、三角馬、敗馬、二字鉗羊馬、跳馬、丁字馬などがあります。

洪家拳の功夫

洪家拳では、以下の十二種類の功夫を養成するとされています。
剛、柔、逼、直、分、定、寸、提、流、運、制、訂

洪家三宝

洪家拳には、「洪家三宝」と呼ばれる三つの重要な套路があります。

虎鶴双形拳（こかくそうけいけん）：虎の力と形、虎爪と、鶴の優美さを併せ持つ套路。技は重厚かつ敏捷で、剛柔を使い分け、長橋と短橋を使い分けます。
鐵線拳（てっせんけん）：内功を鍛えるための套路で、外面的攻防技法と共に橋手を内面的に鍛え、健康増進のためにも行います。気血を全身に巡らせ、全身を強壮にする効果があるとされ、清代末の広東十虎の一人、鉄橋三（梁坤）の絶技とされています。五形拳の内の龍形拳もこれと似た技法を持ちます。

鐵線拳の元となる鐵線技法は、五枚尼姑（ごまいにく）と方詠春（ほうえいしゅん）より学んだ短橋狭馬の技を洪熙官がまとめたとされ、虎鶴双形拳は南少林寺の至善禅師（しぜんぜんじ）より学んだ長橋大馬の技を洪熙官がまとめたとされています。

洪家拳の主な套路は、以下の通りです。
工字伏虎拳
虎鶴双形拳
鐵線拳

洪家拳の系統

洪家拳には、以下のような系統があります。

陸亞采洪家拳
黄泰
林福成鐵線拳
黄麒英洪家拳（老）
王隱林喇嘛派
黄飛鴻洪家拳（新）
林世榮
鄧芳

特徴的な技

黄飛鴻の足技は「無影脚」と呼ばれて有名ですが、これは「無影拳」の技とは無関係です。また、套路に頻繁に登場する代表的な技には、還魂飽鶴（かんこんほうかく）、指手問題、月影手脚、美人照鏡などがあります。

諸説と関連性

洪家拳の四平大馬は、脚部の柔軟性、強さ、気を鍛える訓練法です。南派武術の詠春拳にも木人椿があり、洪家拳の胡蝶掌に似た両掌打技法、包排手（ポウパイサオ）があります。歴史的に、洪家拳は詠春拳と深い関わりがあると考えられています。また、周家拳、黒虎門、蛇形刁手門なども洪家拳の影響を受けているとされています。

創作における洪家拳

洪家拳は、漫画、映画など多くの創作物にも影響を与えています。

漫画『拳児』：香港映画界の武術監督、劉華英が洪家拳の達人として登場し、棍術を披露します。また、張仁忠が洪家拳の成り立ちや技術について語ります。宿敵のトニー譚も洪家拳の使い手です。
映画『ドランクモンキー 酔拳』：ジャッキー・チェンが劇中で洪家拳の技を演武します。
映画『スネーキーモンキー 蛇拳』：ジャッキー・チェンが五形拳の蛇形拳を演武します。
映画『拳精』：ジャッキー・チェンが少林寺で五獣拳を演武します。
その他：『仮面ライダースーパー1』、『ドラゴンボール』、『ライオンハート』、『機動武闘伝Gガンダム』、『獣拳戦隊ゲキレンジャー』などにも洪家拳の影響が見られます。

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