海禅寺

大雄山 海禅寺の歴史と概要

東京都台東区松が谷に所在する大雄山海禅寺は、臨済宗妙心寺派に属する格式ある寺院です。その起源は寛永元年（1624年）に遡り、江戸城の北、神田明神の近くにあった妻恋の地に創建されました。しかし、江戸の街に甚大な被害をもたらした明暦三年（1657年）の大火（振袖火事）を経て、伽藍は現在の台東区松が谷の地に移転しました。山号を「大雄山」とするのは、茨城県守谷市高野にある大雄山海禅寺を法源としているためです。

海禅寺は、京都の本山である正法山妙心寺における東海派の流れを汲み、江戸府内における同派最初の寺院として重要な位置を占めました。江戸時代を通じて、妙心寺派の寺院を統括する役割を担う「触頭（ふれがしら）」の一つであり、江戸における妙心寺派の主要な四ヶ寺、すなわち「江戸四箇寺」の一つに数えられるなど、その宗派内での地位は非常に高かったと言えます。

開山は覚印禅師です。覚印禅師は常陸国真壁（現在の茨城県桜川市）の出身と伝えられ、那須黒羽の雲厳寺を中興した無住妙徳禅師の法孫にあたります。また、妙心寺第132世でもあり、東海派の鉄岫宗崑禅師の法嗣（はっし）を受け継ぎました。元禄九年（1696年）には、朝廷より無礙浄光禅師という諡号（しごう）を賜りました。毎年十二月五日には開山忌が営まれています。

海禅寺が「阿波様寺（あわさまてら）」という通称で広く知られたのは、阿波徳島藩主である蜂須賀家との密接な関係によるものです。蜂須賀家が海禅寺の中興開基となり、代々にわたって寺院への手厚い庇護を続けました。これにより、海禅寺は蜂須賀家の菩提寺に準ずる扱いを受け、多くの藩士の墓所が設けられました。ただし、関東大震災による被災とその後の区画整理により、蜂須賀家の墓碑銘の一部は残るものの、遺骨の多くは徳島に移されました。

江戸時代の海禅寺は、その影響力が三浦半島や甲斐国など広範囲に及び、四拾ヶ寺を超える子院や塔頭（たっちゅう）を擁する大寺院でした。主な塔頭としては、蜂須賀家が開基した霊梅軒（現在は霊梅寺として現存）、近藤家が開基し荒川へ移転した泊船軒、加藤家が開基するも後に廃寺となった寒窓軒、そして松平家が開基し松平清道の墓があった瑞光庵（こちらも廃寺）などがありました。

寺院の格式を物語るものとして、江戸時代の檀家の顔ぶれが挙げられます。蜂須賀家をはじめ、豊前小倉藩の小笠原家、常陸国土浦藩の土屋家（老中などの要職を務めた家柄）、伊予大洲藩の加藤家、陸奥三春藩の秋田家、播磨林田藩の建部家といった著名な大名家が名を連ねていました。これらの大名家の墓所の多くは、関東大震災後に国元などへ改葬されています。また、出羽矢島陣屋の交代寄合であった生駒家や、近藤家、池田家、松平家といった有力旗本、そして奥医師を務めた篠崎家なども檀家でした。さらに、豪商である三谷三九郎のような町家からも深い信仰を得ていました。

海禅寺とその周辺は、歴史上の様々な人物とのゆかりも伝えられています。不幸な最期を遂げた寺沢堅高や竹中重義といった人物の記録も残されています。また、浦賀奉行や江戸町奉行を歴任した池田頼方、徳島藩の次席家老を務めた賀島政範（現在も墓所があります）なども当寺に関係していました。特に有名なのは、幕末の激動期に尊王攘夷運動で活躍した梅田雲浜と藤井尚弼の墓所があることです。二人は小倉藩の江戸屋敷で病没した後、海禅寺に葬られ、現在もその墓が静かに佇んでいます。

さらに興味深い伝承として、真偽は定かではないものの、浮世絵師の東洲斎写楽の墓碑が関東大震災まで海禅寺に存在したという説があります。これは、写楽が蜂須賀家との関係があった可能性を示唆するものとして語られています。明治期には、「芋繁」の通称で知られた町の学者、奥村繁次郎もこの寺に関わった人物です。

現在の海禅寺周辺は、プロ向けの調理器具などが並ぶ合羽橋道具街が賑わいを見せ、台東区立中央図書館などの文化施設も近くにあります。交通アクセスも良好で、つくばエクスプレス浅草駅、東京メトロ銀座線の田原町駅や稲荷町駅からも徒歩圏内に位置しています。

江戸時代からその歴史を刻み、「阿波様寺」として栄華を誇り、幕末の志士たちの終焉の地ともなった海禅寺。多くの大名や著名人にゆかりを持つこの寺院は、台東区の歴史を今に伝える貴重な存在です。

もう一度検索