海賊史

『海賊史』とは

『悪名高き海賊たちの強奪と殺人の歴史』（A General History of the Robberies and Murders of the most notorious Pyrates）は、一般的に『海賊史』として知られる、1724年にイギリスで初めて刊行された書籍です。17世紀末から18世紀初頭にかけて活動した名だたる海賊たちの生涯を記録した伝記集であり、その後の海賊に関する文学や文化に計り知れない影響を与えました。

著者とその正体

本書の著者は「キャプテン・チャールズ・ジョンソン」という名義を使用していますが、これは偽名であると考えられています。その正体については今日に至るまで確定しておらず、様々な説が提唱されています。

内容の正確性や詳細さから、著者が実際に海賊であった可能性も取り沙汰されましたが、裏付ける人物は見つかっていません。最も有力な候補とされるのは、文豪ダニエル・デフォーですが、これも決定的な証拠はなく議論の余地が残されています。その他にも、デフォーと関わりのあった出版業者ナサニエル・ミストなど、数名の人物が候補として挙げられています。

内容と影響

『海賊史』は、後世の海賊物語で頻繁に登場する要素の多くを確立しました。例えば、片足や隻眼といった特徴を持つ海賊、埋蔵された財宝、そして髑髏と骨を組み合わせた海賊旗「ジョリー・ロジャー」といったイメージは、本書を通じて広く知られるようになりました。特に「ジョリー・ロジャー」という名称については、ウェールズ出身の海賊バーソロミュー・ロバーツとフランシス・スプリッグスが使用した旗に言及する形で本書に記されています。

エドワード・ティーチ（黒髭）やジョン・ラカムといった、現在でもよく知られている多くの伝説的な海賊たちの生涯に関する情報は、この『海賊史』に依拠するところが極めて大きく、彼らの具体的な活動を知る上でほぼ唯一の記録と言えます。

本書の文化的影響は絶大です。ロバート・ルイス・スティーヴンソンは、本書に記されたエピソードや海賊像を参考に、不朽の名作『宝島』を執筆しました。また、ジェームス・マシュー・バリーも本書からインスピレーションを得て、『ピーター・パン』に登場する悪役フック船長を創造したと言われています。

構成と信頼性

『海賊史』は元々2巻構成で出版されました。

第1巻：主に18世紀初頭に活動した海賊たちに焦点を当てています。著者は多くの史料を調査し、それを基に執筆している形跡が見られます。ただし、海賊たちの会話など、物語的な潤色が加えられている部分も少なくないとされています。
第2巻：第1巻よりも前の時代の海賊たちの活動を記録しています。こちらは第1巻に比べて、さらに脚色が強められており、中にはジェームズ・ミッソン、ルイス、コーネリアスといった、ほぼ創作であろうと考えられる架空の人物の伝記も含まれています。

歴史研究の観点からは、特に第1巻は当時の海賊に関する貴重な一次資料として扱われますが、物語性を高めるための創作や誇張が含まれている点を考慮する必要があります。フィリップ・ゴスのような著名な海賊史家も、その史料としての価値を認めつつ、脚色の存在を指摘しています。

本書に登場する海賊は多岐にわたり、第1巻には黒髭、メアリ・リード、アン・ボニー、バーソロミュー・ロバーツなどが、第2巻にはウィリアム・キッドなどが名を連ねています。

総じて、『海賊史』は歴史的事実と物語的な要素が混在しながらも、海賊という存在に対する人々のイメージを決定づけ、後世の様々な創作活動に多大な影響を与え続けた、極めて重要な書籍と言えるでしょう。

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