海道東征

交声曲『海道東征』について

『海道東征』は、詩人・北原白秋が古代日本の歴史を題材に書き下ろした壮大な詩に、作曲家・信時潔が曲をつけた交声曲（カンタータ）です。1940年、皇紀2600年を祝う奉祝曲として作曲されました。白秋晩年の大作であり、信時潔の代表作としても知られています。

作曲の背景

1940年（皇紀2600年）は、日本にとって特別な年であり、国内外の多くの作曲家が奉祝曲を作曲しました。信時潔もその一人で、日本文化中央聯盟からの委嘱を受け、白秋と共に本作を作ることになりました。白秋は当初、この曲を三部作とする構想を持っていましたが、第二部、第三部を完成させることなく1942年に病没しました。信時も白秋の死後、神話を題材にした曲を構想しましたが、未完に終わっています。

この曲は当時、8枚組のSPレコードとして発売され、広く親しまれました。白秋は、レコードを持って九州各地を回り、講演会と試聴会を開いたほど、この作品に深い愛着を持っていたと言われています。信時自身も、1962年の再演時にラジオ放送を録音し、改めて作品への自信を深めたと語っています。

SPレコードには、片面が余ってしまうため、東京音楽学校演奏による「海ゆかば」が収録されました。この曲は戦時中のニュース映画で何度も使用され、多くの日本人に記憶されています。

編成

『海道東征』は、以下の編成で演奏されます。

独唱：ソプラノ2名、アルト、テノール、バリトン、バス各1名
混声四部合唱
児童[[合唱]]
管弦楽（ティンパニを含む二管編成）
ピアノ

歴史

初演は1940年11月26日に日比谷公会堂で行われました。指揮は木下保、演奏は東京音楽学校管弦楽部でした。その後、広く演奏されましたが、太平洋戦争敗戦後は、ナショナリズムを忌避する風潮の中で、事実上封印されました。

しかし、近年、黛敏郎がテレビ番組「題名のない音楽会」で抜粋演奏したり、木下保がピアノと混声合唱でリダクション版を演奏するなど、再評価の動きがありました。2005年現在、完全な形での演奏は、1962年の阪田寛夫の企画によるものと、2003年のオーケストラ・ニッポニカによるもののみが知られていました。

その後、2003年の演奏時にライブ録音のCDが制作され、市販されるようになったことで、現在では比較的容易にこの曲の全貌を知ることができるようになりました。信時潔没後50年を迎える頃から、「完全演奏を」との機運が高まり、2014年には、熊本、大阪、東京で演奏会が開催され、ライブ盤CDも発売されるに至りました。

曲の概要

詩は、日本[[神話]]を元にした擬古体で書かれており、天地開闢、国産み、天孫降臨、神武東征、大和政権の樹立までの物語が描かれています。「海道東征」というタイトルですが、太平洋を東に進軍する内容ではなく、九州から畿内への海路を指しています。

音楽は、ロマン派の様式を用いながらも、日本の旋法が自然に取り入れられ、万葉集のような趣があります。戦闘的な音楽はわずかであり、全体的には、日本の明るい未来を寿ぐ、平明かつ雄大な叙事詩となっています。

この曲は、以下の八章から構成されています。

1. 高千穂(たかちほ)
2. 大和思慕(やまとしぼ)
3. 御船出(みふなで)
4. 御船謡(みふなうた)
5. 速吸と菟狭(はやすいとうさ)
6. 海道回顧(かいどうかいこ)
7. 白肩津上陸(しらかたのつじょうりく)
8. 天業恢弘(てんぎょうかいこう)

演奏時間は、オーケストラ・ニッポニカの録音で約47分です。

阪田寛夫の『海道東征』

作家の阪田寛夫は、この曲に強い感銘を受け、随想風の短編小説『海道東征』を執筆しました。この作品は、川端康成文学賞を受賞しており、阪田の音楽的素養と、信時潔への深い敬愛が感じられます。小説では、阪田が信時潔の夢を見る場面から始まり、信時の人物像や音楽性、そして『海道東征』への深い想いが、様々なエピソードを交えながら描かれています。

阪田は、信時潔の同級生が親戚にいたり、叔父や従兄が作曲家であるなど、音楽的な環境で育ちました。ある日、演奏会で『海道東征』を聴いて感銘を受け、SPレコードを購入し愛聴していました。復員後、大阪朝日放送東京支社に勤務していた阪田は、1962年の正月企画として『海道東征』の再演とラジオ放送を企画し、成功させました。

小説は、阪田が信時の夢を見ること、親族や知人から信時の話を聞くこと、信時の子息と交流することを通して、信時潔という人物像と『海道東征』という作品の本質に迫っていく過程を描いています。

資料

川端康成文学賞全作品II、新潮社
新保祐司『信時 潔』、ISBN 4-875-74069-7

音声資料

CD「オーケストラ・ニッポニカ第2集」 ミッテンヴァルト MTWD99012
CD 交聲曲「海道東征」、日本作曲家選輯　東京藝術大学編 湯浅卓雄指揮 (ナクソス・ジャパン NYCC-27300)

外部リンク

『新頌』：新字旧仮名 - 青空文庫 - 『海道東征』の全文
『交声曲海道東征 : 管絃楽総譜』共益商社書店、1943年 - 国立国会図書館デジタルコレクション
海道東征のホームページ - ウェイバックマシン（2019年1月1日アーカイブ分） - 1969年に北九州混声合唱団がピアノ版で全曲演奏した際の記録。
* 信時潔 交声曲「海道東征」(詞字幕有) , Nobutoki: Cantata "Kaido Tose" (1941)

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