片棒
「片棒」（かたぼう）は、江戸時代から伝わる古典落語の演目の一つです。東京と上方、どちらの落語界でも同じ題名で演じられており、親子の吝嗇を巡る滑稽なやり取りが聞きどころとなっています。
この噺の原話は、江戸時代中期にあたる1705年（宝永2年）に刊行された笑話集『軽口あられ酒』に収録されている「気ままな親仁」だと伝えられています。極端にケチな商人である父親と、その三人の息子たちが繰り広げる会話を中心に、賑やかさとどこか常識外れなナンセンスさを兼ね備えた一席です。
主人公の商人、赤螺屋（あかにしや）ケチ兵衛は、この「片棒」だけでなく、『位牌屋』や『味噌蔵』、『死ぬなら今』といった他の噺にも登場するキャラクターです。主人公の屋号である「赤螺屋」は、実はケチな人を指す隠語としても使われる言葉です。これは、巻き貝のアカニシが蓋を一度閉じると簡単には開かない様子になぞらえた表現とされています。
噺の中で特に印象的なのは、登場人物が祭囃子などの和楽器の音色を口真似する場面です。この部分は、東京・上方ともに実際に鳴り物（ハメモノ）を使わず、演者の口演のみで表現されるのが特徴です。
物語は、江戸の石町（こくちょう）に店を構える大商人、赤螺屋の主人ことケチ兵衛が、店の後継者を誰にするか思案するところから始まります。彼はまず番頭に相談しますが、「私はあくまで奉公人ですから」と息子たちの評価を直接述べることを避けます。そこで番頭は、「生涯に一度か二度の大事に、お金をどのように使うかで判断されてはいかがでしょう」と提案します。
ケチ兵衛はその提案に乗り、「一生に一度のことといえば、婚礼と弔いだろう」と考えた末、息子たちを呼び出し、突如として尋ねたのです。「もし私が明日にもこの世を去ったとしたら、お前たちは後の始末、つまり葬式をどのように出すつもりだ？」と。
息子たちは順に自分の考えを述べます。
まずは長男の松太郎です。彼はとにかく盛大な葬式を主張します。通夜は参列者が多すぎて一晩では対応できないからと二晩行い、本葬は大寺院や広い公園を借り切り、五十人もの僧侶による読経、会葬客への食事は豪華な重箱詰め、それを包む風呂敷も特注品、東西の銘酒を用意し、さらには遠方からの会葬客には高額な交通費や豪華な引き出物を用意するなど、聞いている方が呆れてしまうほどの贅沢ぶりを語ります。
次に次男の竹次郎。彼は趣向を凝らした、いわば「粋で賑やかな葬式」を提案します。町中に紅白幕を張り巡らせ、木遣り唄や手古舞で賑やかに飾り付けます。そして、算盤を持った父親そっくりのからくり人形を乗せた山車や、遺骨を納めた神輿を神田囃子に合わせて練り歩かせるといった、まるで祭りのような光景を描写します。特にこの場面では、竹次郎が木遣りや音頭を歌い、篠笛、太鼓、摺り鉦といった囃子の音色を矢継ぎ早に口真似する独特の演出が光ります。ついには、万歳三唱を交えた弔辞の真似まで披露し、これにはさすがのケチ兵衛も怒って竹次郎を部屋から追い出してしまいます。
最後に三男の梅三郎です。彼は兄たちとは正反対で、極端な倹約を提案します。最初は「死骸はどこかの高い丘にでも放り出して、鳥にでも突かせましょう」という、聞くに堪えない案を出しますが、父親にたしなめられ、しぶしぶ葬式の段取りを話し始めます。出棺時間を早めに伝えて会葬客の飲食代を浮かす、持ってきた香典だけせしめる、早桶には物置にある菜漬け樽を使う、それを天秤棒で担ぐ…そしてその担ぎ手について「片棒は私が担ぎますが、一人では担げませんから、もう片棒は…」と語ったところで、父親であるケチ兵衛がさえぎり、衝撃的な一言を放つのです。
「心配するな。俺が出て担いでやる。」
この噺にはいくつかのバリエーションがあります。兄弟の名前は、松太郎・竹次郎・梅三郎といった「松竹梅」に由来するものが多いですが、金太郎・銀次郎・鉄三郎のように「金銀鉄」や、オリンピックのメダルの色にちなんで金太郎・銀次郎・銅三郎など、三つで一組となる取り合わせで呼ばれることもあります。また、長男が語る葬儀の細部や、次男の弔辞の内容などは、演じる噺家や時代によって様々に変化します。例えば、三代目三遊亭金馬や八代目雷門助六といった演者は、長男の案にジェット機による曲芸飛行を登場させるといったアレンジを加えていました。次男が口真似する祭囃子も、上方落語では祇園囃子などに置き換えられることがあります。次男の語りの中で登場する、父親そっくりのからくり人形の場面は、もともと三遊亭銀馬によって取り入れられ、三代目金馬が完成させた演出だと言われています。三男が天秤棒を担ぐ場面の下げにもバリエーションがあり、三男が「片棒は私が担ぎますが、一人では無理なので…」と言ったところで父親が「もう片棒は職人を雇うのか？」と問い、それに対して三男が「いえ、そんな金のかかることはしません。もう片棒はお父っつぁんが担いでください」と返すという形もあります。
この「片棒」を得意とした噺家としては、三代目三遊亭金馬や九代目桂文治などがよく知られています。特に九代目文治は、自身も吝嗇家として知られていたため、その実感がこもった演技は観客の爆笑を誘ったと伝えられています。賑やかさと皮肉、そして意外な結末が融合した、落語ならではの味わい深い一席です。
この噺の原話は、江戸時代中期にあたる1705年（宝永2年）に刊行された笑話集『軽口あられ酒』に収録されている「気ままな親仁」だと伝えられています。極端にケチな商人である父親と、その三人の息子たちが繰り広げる会話を中心に、賑やかさとどこか常識外れなナンセンスさを兼ね備えた一席です。
主人公の商人、赤螺屋（あかにしや）ケチ兵衛は、この「片棒」だけでなく、『位牌屋』や『味噌蔵』、『死ぬなら今』といった他の噺にも登場するキャラクターです。主人公の屋号である「赤螺屋」は、実はケチな人を指す隠語としても使われる言葉です。これは、巻き貝のアカニシが蓋を一度閉じると簡単には開かない様子になぞらえた表現とされています。
噺の中で特に印象的なのは、登場人物が祭囃子などの和楽器の音色を口真似する場面です。この部分は、東京・上方ともに実際に鳴り物（ハメモノ）を使わず、演者の口演のみで表現されるのが特徴です。
物語は、江戸の石町（こくちょう）に店を構える大商人、赤螺屋の主人ことケチ兵衛が、店の後継者を誰にするか思案するところから始まります。彼はまず番頭に相談しますが、「私はあくまで奉公人ですから」と息子たちの評価を直接述べることを避けます。そこで番頭は、「生涯に一度か二度の大事に、お金をどのように使うかで判断されてはいかがでしょう」と提案します。
ケチ兵衛はその提案に乗り、「一生に一度のことといえば、婚礼と弔いだろう」と考えた末、息子たちを呼び出し、突如として尋ねたのです。「もし私が明日にもこの世を去ったとしたら、お前たちは後の始末、つまり葬式をどのように出すつもりだ？」と。
息子たちは順に自分の考えを述べます。
まずは長男の松太郎です。彼はとにかく盛大な葬式を主張します。通夜は参列者が多すぎて一晩では対応できないからと二晩行い、本葬は大寺院や広い公園を借り切り、五十人もの僧侶による読経、会葬客への食事は豪華な重箱詰め、それを包む風呂敷も特注品、東西の銘酒を用意し、さらには遠方からの会葬客には高額な交通費や豪華な引き出物を用意するなど、聞いている方が呆れてしまうほどの贅沢ぶりを語ります。
次に次男の竹次郎。彼は趣向を凝らした、いわば「粋で賑やかな葬式」を提案します。町中に紅白幕を張り巡らせ、木遣り唄や手古舞で賑やかに飾り付けます。そして、算盤を持った父親そっくりのからくり人形を乗せた山車や、遺骨を納めた神輿を神田囃子に合わせて練り歩かせるといった、まるで祭りのような光景を描写します。特にこの場面では、竹次郎が木遣りや音頭を歌い、篠笛、太鼓、摺り鉦といった囃子の音色を矢継ぎ早に口真似する独特の演出が光ります。ついには、万歳三唱を交えた弔辞の真似まで披露し、これにはさすがのケチ兵衛も怒って竹次郎を部屋から追い出してしまいます。
最後に三男の梅三郎です。彼は兄たちとは正反対で、極端な倹約を提案します。最初は「死骸はどこかの高い丘にでも放り出して、鳥にでも突かせましょう」という、聞くに堪えない案を出しますが、父親にたしなめられ、しぶしぶ葬式の段取りを話し始めます。出棺時間を早めに伝えて会葬客の飲食代を浮かす、持ってきた香典だけせしめる、早桶には物置にある菜漬け樽を使う、それを天秤棒で担ぐ…そしてその担ぎ手について「片棒は私が担ぎますが、一人では担げませんから、もう片棒は…」と語ったところで、父親であるケチ兵衛がさえぎり、衝撃的な一言を放つのです。
「心配するな。俺が出て担いでやる。」
この噺にはいくつかのバリエーションがあります。兄弟の名前は、松太郎・竹次郎・梅三郎といった「松竹梅」に由来するものが多いですが、金太郎・銀次郎・鉄三郎のように「金銀鉄」や、オリンピックのメダルの色にちなんで金太郎・銀次郎・銅三郎など、三つで一組となる取り合わせで呼ばれることもあります。また、長男が語る葬儀の細部や、次男の弔辞の内容などは、演じる噺家や時代によって様々に変化します。例えば、三代目三遊亭金馬や八代目雷門助六といった演者は、長男の案にジェット機による曲芸飛行を登場させるといったアレンジを加えていました。次男が口真似する祭囃子も、上方落語では祇園囃子などに置き換えられることがあります。次男の語りの中で登場する、父親そっくりのからくり人形の場面は、もともと三遊亭銀馬によって取り入れられ、三代目金馬が完成させた演出だと言われています。三男が天秤棒を担ぐ場面の下げにもバリエーションがあり、三男が「片棒は私が担ぎますが、一人では無理なので…」と言ったところで父親が「もう片棒は職人を雇うのか？」と問い、それに対して三男が「いえ、そんな金のかかることはしません。もう片棒はお父っつぁんが担いでください」と返すという形もあります。
この「片棒」を得意とした噺家としては、三代目三遊亭金馬や九代目桂文治などがよく知られています。特に九代目文治は、自身も吝嗇家として知られていたため、その実感がこもった演技は観客の爆笑を誘ったと伝えられています。賑やかさと皮肉、そして意外な結末が融合した、落語ならではの味わい深い一席です。
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