牛痘

牛痘（ぎゅうとう）とは

牛痘とは、牛痘ウイルス感染を原因とする感染症です。このウイルスは、ポックスウイルス科オルソポックスウイルス属に分類されるDNAウイルスで、ネコ科動物、ヒト、牛など、さまざまな動物に感染します。特にネコ科動物は感染しやすいことが知られています。

感染すると、皮膚に丘疹、結節、水疱、膿疱といった症状が現れます。ヒトの場合、症状は比較的軽く、瘢痕も残らないことが多いです。しかし、牛痘が注目されたのは、その症状の軽さではなく、天然痘に対する免疫を獲得できるという点でした。

牛痘と種痘

18世紀末、エドワード・ジェンナーは、牛痘が天然痘に対する免疫を付与することを発見し、種痘に利用しました。当時、牛痘ウイルスと天然痘ウイルスは近縁であり、DNA塩基配列も酷似していると考えられていました。このため、牛痘ウイルスが種痘の起源であると信じられていました。

しかし、1930年代以降の研究で、この考えは誤りであることが判明します。天然痘ウイルスと牛痘ウイルスには交差免疫の作用はなく、種痘に用いられていたのは、実は全く別のウイルスだったのです。このウイルスは後にワクチニアウイルスと命名されました。

ワクチニアウイルスの謎

では、種痘に用いられたワクチニアウイルスはどこから来たのでしょうか？

その起源については、さまざまな研究が行われてきました。一時期は、牛痘ウイルスが継代されていく過程で変異し、ワクチニアウイルスになったという説もありました。しかし、2013年にモンゴルで採取された馬痘ウイルスのゲノム解析の結果、種痘に用いられたワクチニアウイルスと馬痘ウイルスの遺伝子配列が99.7％一致することが判明しました。

この結果から、ワクチニアウイルスは、馬痘ウイルス、またはそれに近縁のウイルスであることが明らかになりました。つまり、ジェンナーが種痘に使用したのは、たまたま馬痘ウイルス（またはその近縁種）に感染した牛だったのです。

ジェンナーの誤算と幸運

ジェンナー自身も、牛痘は馬の関節にできる「グリース」という病気が、たまたま牛に感染して発症すると考えていたようです。つまり、馬由来の病気が牛痘の原因であると、ある意味で正しく理解していた可能性があります。

ジェンナーは、牛痘ウイルスが種痘に利用できると考えたのは誤りでしたが、結果として馬痘ウイルスを利用した種痘によって、天然痘の根絶に大きく貢献したと言えます。

このように、牛痘は、その発見と歴史において、偶然と誤解が重なり合い、医学の発展に大きく貢献した興味深い感染症と言えるでしょう。

参考情報

清水悠紀臣ほか　『動物の感染症』　近代出版　2002年　ISBN 4874020747
日本獣医学会 人獣共通感染症（第139回）
公式情報トピックス（2007年） ： FORTH
『牛痘』 - コトバンク

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