牧士

牧士（もくし）とは

牧士とは、日本の歴史において、牧（牧場）の運営・管理を担った役職のことです。時代によってその役割や身分が異なり、多様な側面を持っています。

古代・中世の牧士

律令制下では、牧は国家によって制度化され、各地に官牧が設けられました。厩牧令によれば、牧ごとに長と帳が置かれ、馬や牛の飼育には「牧子」が配置されました。この時代の牧士は、官牧で馬を飼育する武士を指すことがありました。

中世に入ると、律令制下の官牧の土地に居住し、馬を飼育する武士が「牧士」と呼ばれるようになります。『吾妻鏡』には、甲斐国の小笠原御牧において、牧士と奉行人の代官の間で争いが起こったという記述があります。また、陸奥国糠部郡や津軽地方には、「牧士田」という制度も存在していました。

江戸幕府の牧士

江戸時代になると、江戸幕府は御用牧として下総国（現在の千葉県北部）に小金牧・佐倉牧、安房国（現在の千葉県南部）に峯岡牧を設けました。これらの牧では、馬の飼育・管理にあたる役職として「牧士」が置かれました。江戸幕府の牧士は、一般的に「もくし」と読まれます。

幕府は、牧の周辺の村を「牧付村」「野付村」に指定し、村人たちの労役によって牧の維持管理を行わせました。牧士は、現地における維持管理の責任者として、当初は少数でしたが、次第に名主などの有力農民の中から多数任命されるようになりました。牧士には、苗字帯刀、麻裃の着用、乗馬、鉄砲などの武士に準じた身分的特権が与えられました。

牧士は、「勢子」と呼ばれる人足を使って、牧内の水場や樹木の手入れ、放牧されている馬（野馬）の管理などを行いました。

主な牧士の家

以下に、主な牧士の家とその概要を紹介します。

綿貫家（松戸市）：小金牧の牧士頭。御家人身分で、「野馬奉行」を世襲したと伝えられています。邸宅は野馬奉行所でもありました。
安蒜家（松戸市）：小金牧の牧士。元和2年（1616年）に小金牧で最初に任命された牧士の一人。長屋門は松戸市指定文化財です。
三橋家（鎌ヶ谷市）：小金牧の牧士。3代目の五郎左衛門は目付牧士の役を務めました。当主の三橋弥は小金牧に関する論説を書き残しました。
清田家（鎌ヶ谷市）：小金牧の牧士。3代目の勝定は乗馬の名手で、徳川家綱の前で暴れ馬を乗りこなした逸話があります。墓地には「駒形大明神」が祀られています。
花野井家（流山市）：小金牧の牧士。中世の地侍の出自とされ、名主も務めました。屋敷は国の重要文化財に指定されています。
吉田家（柏市）：小金牧の牧士。名主役を務めるとともに在郷商人として発展しました。旧吉田家住宅は国の重要文化財です。
川上家（白井市）：小金牧の牧士。戦国大名里見家の家臣を祖先とし、名主を務めました。寛政5年（1793年）に川上右仲が牧士に任命され、佐倉炭の発案者としても知られています。
島田家（酒々井町）：佐倉牧の牧士。幕府野馬御用を務め、屋敷は野馬会所・御払い場に隣接していました。島田長右衛門家・島田政五郎家は酒々井町登録有形文化財です。
藤崎家（富里市）：佐倉牧の牧士。取香牧を管理しました。牧士資料は千葉県の有形文化財です。
石井家（鴨川市）：峯岡牧の牧士。「房州峯岡山野絵図・房州朝夷郡柱木野絵図（石井孫左衛門控）」は鴨川市の有形文化財です。

まとめ

牧士は、牧の運営・管理において重要な役割を担い、その身分や特権は時代や地域によって異なりました。彼らは、馬の飼育だけでなく、地域の維持管理にも貢献し、地域社会において重要な存在でした。牧士の歴史を学ぶことは、日本の牧場制度や地域社会の歴史を深く理解する上で欠かせないものです。

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