登戸研究所

登戸研究所：旧日本軍の秘密研究所

登戸研究所は、かつて神奈川県川崎市多摩区に存在した旧日本陸軍の研究所です。この研究所は、風船爆弾のような秘密兵器の開発のほか、偽札や偽造パスポートなど、謀略・諜報活動に使用する資機材の開発・製造を行っていました。

設立の経緯

1939年（昭和14年）1月、陸軍省軍務局軍事課長の岩畔豪雄大佐（当時）によって、特殊電波や特殊科学材料などの秘密戦の研究部門として、通称「登戸研究所」が「陸軍科学研究所」の下に設立されました。当初の正式名称は「陸軍科学研究所登戸出張所」でした。これは、1919年（大正8年）に「陸軍火薬研究所」が改編されて発足した「陸軍科学研究所」が前身となっているためです。

研究所の変遷

研究所は、1939年9月に篠田鐐大佐が所長に就任し、正式に発足しました。その後、1941年6月に「陸軍科学研究所」が廃止されると、「陸軍科学研究所登戸出張所」は「陸軍技術本部第9研究所」に改編されました。さらに1942年10月には、陸軍兵器行政本部の下に置かれ、「第九陸軍技術研究所」となりました。1943年6月には、電波兵器部門が多摩陸軍技術研究所へ移管されています。

戦争末期には、約100棟の建物と1000人程度の職員・工員が働いていました。しかし、1945年1月、本土決戦に備えて、研究所は兵庫県丹波地方、長野県各地、福井県武生などに分散移転しました。同年8月15日の敗戦後、研究資料の破棄が命令され、そのほとんどが処分されました。そのため、長らく研究内容は不明なままでした。

組織体制（1944年時点）

1944年時点では、登戸研究所は以下のような組織構成でした。

所長：篠田鐐少将
庶務課
第一科：物理関係全般、スパイ用無線通信機、無線探査器材、電話盗聴器、電波兵器、風船爆弾、怪力光線などを担当。
第二科：化学兵器全般、秘密インキ、スパイ用カメラ、毒薬、細菌兵器、牛疫ウイルスの研究開発、特殊爆弾、時限信管などを担当。
第三科：経済謀略戦用兵器の研究開発として、中華民国法幣の偽札製造やパスポート、各種証明書の偽造を担当。
第四科：第一科・第二科が開発した器材の実用化試作、実験および製造工場の管理運営を担当。

研究開発された兵器

登戸研究所では、以下のような兵器が研究・開発されました。

原子爆弾（研究段階）
生物兵器・化学兵器（BC兵器）
特攻兵器
謀略兵器
風船爆弾
缶詰爆弾
怪力光線
殺人光線
* 電気投擲砲

特に、怪力光線のような空想的な研究も行われていた点が特徴的です。しかし、実際には謀略、BC兵器、特攻兵器といった地味な研究が中心でした。また、日中戦争中には、中華民国の経済を混乱させるため、40億円相当の偽札が製造され、30億円が使用されるという「杉作戦」も実行されました。

疎開とその後

1944年11月、研究所は疎開を開始し、第二科と第四科の一部が信州伊那谷へ、第一科と第四科の大半が兵庫県氷上郡へ、そして第三科が福井県武生町へそれぞれ移転しました。

戦後、1948年に発生した帝銀事件では、犯行に使用された毒物が登戸研究所で開発された可能性が指摘され、捜査が行われました。また、1950年の朝鮮戦争勃発後には、登戸研究所の関係者がGHQに協力し、偽造印刷の技術を使って共産圏の公文書偽造を行っていたことも明らかになっています。

跡地の利用

研究所の跡地は、戦後、慶應義塾大学や北里研究所、川崎国民学校などに使用されました。慶應義塾は医学部予科、工学部予科、法学部予科の仮校舎として利用し、その後、明治大学に譲渡されました。現在は、明治大学の生田キャンパスとなっています。キャンパス内には、枯葉剤の研究が行われたとされる「36号棟」や、動物慰霊碑、消火栓など、当時の施設の一部が残されています。

現在の登戸研究所資料館

2010年3月29日には、旧「36号棟」を利用した平和教育登戸研究所資料館が開館し、風船爆弾の模型や元所員の証言、当時の資料などが展示されています。毎週水曜日から土曜日まで一般公開されており、登戸研究所の歴史を学ぶことができます。

登戸研究所は、日本の戦争史における重要な場所の一つであり、その歴史を学ぶことで、戦争の悲惨さや平和の尊さを改めて認識することができます。

もう一度検索