岩畔豪雄

岩畔豪雄：謀略と平和を希求した異色の軍人

岩畔豪雄（いわくろひでお、1897年10月10日 - 1970年11月22日）は、日本の陸軍軍人であり、最終階級は陸軍少将です。彼は、陸軍中野学校の設立をはじめ、数々の諜報機関の創設に関与し、「謀略の岩畔」という異名を持ちました。また、日米開戦を回避するための活動や、戦時中にはインド国民軍（INA）および自由インド仮政府の樹立に中心的な役割を果たしました。戦後は、京都産業大学の設立者の一人として理事を務めました。

生い立ちと軍歴

広島県呉市倉橋島出身の岩畔は、海軍兵学校がある江田島の隣の島で育ちました。しかし、船に乗ることを好まなかったため、陸軍を志願しました。広島中学校から陸軍幼年学校、陸軍士官学校を経て、1918年に陸軍少尉に任官。新発田歩兵第16連隊に配属されました。この頃から思索にふけり、参禅を始めたと言われています。1919年にはシベリア出兵、1921年には台湾赴任を経験。1926年に陸軍大学校を卒業後、陸軍の整備局に勤務し、小磯國昭少将の側近となりました。1930年には、陸軍内の青年将校の結社である桜会に参加し、国家改造案の研究を行いました。

満州での活動

満州事変後の1932年、岩畔は満州に渡り、関東軍参謀、対満事務局事務官として、満州国の組織整備や産業育成に携わりました。計画経済を信奉していた岩畔は、南満州鉄道の国有化を主張しましたが、松岡洋右や財界の反発を招きました。満州での活動を通じて、彼は軍による経済への強権発動を経験しました。

諜報謀略機関の設立

1934年に東京に戻った岩畔は、1936年の二・二六事件後、陸軍省兵務局で軍法会議を担当。また、外国大使館の盗聴や郵便検閲、偽札製造の研究などの諜報活動に従事しました。1937年には、「諜報、謀略の科学化」を提唱し、参謀本部に意見書を提出。これにより、日本陸軍は情報活動を重視するようになり、秘密戦業務が推進されました。
岩畔は、戦争を武力以前の段階で決着させるべきと考えており、諜報、科学技術、物流、経済力が重要だと認識していました。彼は、陸軍内で「謀略」という言葉が「兵を動かすことなく目的を達成する」意味で使われていたことを指摘し、自身が行っていた活動は「工作活動」と呼ぶべきだと述べていました。
1937年春には、陸軍省・参謀本部内で秘匿された地下機関「秘匿名警務連絡班」（通称：ヤマ機関）を創設。秋草俊を班長とし、CIAのような組織を目指しました。同年11月には、参謀本部第8課（謀略課）主任となり、汪兆銘樹立計画に関与。1938年には、日本初のスパイ学校である陸軍中野学校を設立し、スパイ養成のための講義や民族政策の講義を行いました。

軍務局での活動と秋丸機関

1939年、岩畔は陸軍省軍務局軍事課長に就任し、陸軍の実務を取り仕切るほどの辣腕を振るいました。彼の在任中には、総力戦研究所の設置や陸軍機甲本部の新設、日独伊三国同盟の締結促進などが実現しました。また、満州在勤中に得た情報を基に、巨大戦車・100トン戦車（オイ車）を開発させました。1940年には、秋丸次朗主計中佐を呼び戻し、経済謀略機関「陸軍省戦争経済研究班」（通称：秋丸機関）を設立しました。

登戸研究所と偽札工作

1942年、岩畔は陸軍の兵器行政を改革し、陸軍兵器行政本部を設立。その下に10の技術研究所を設けました。その一つである登戸研究所では、殺人光線などの電波兵器、毒薬・生物化学兵器、リモコン戦車、風船爆弾などの研究・開発が行われました。また、中国の経済攪乱を目的とした偽札製造も行われ、岩畔はこの計画を発案。約45億元もの偽札が製造され、軍事物資の調達などに使用されました。しかし、香港攻略によって重慶側の紙幣印刷工場を鹵獲したことで、偽札工作は皮肉なことに重慶側を助ける結果となりました。

昭和通商と国策研究

1942年4月には、三井、三菱、大倉財閥の出資で満州に軍需国策会社・昭和通商を設立。この会社は、商社としての営業機構と外国からの情報収集を主とする特務任務のための調査部機構の二大機構で構成され、多くのエリートたちが所属していました。昭和通商は、アヘンの取引にも関与していたとされていますが、その実態は多岐にわたり、世界中にネットワークを張った組織でした。また、岩畔は「大東亜共栄圏」という言葉を作ったとも言われています。近衛内閣のために「国策研究会」を編成し、「総合国策十年計画」を策定。その中で、パルプ自給を国策として提唱し、国策パルプ（後の大日本再生製紙）の設立に至りました。

日米開戦回避への奔走

1941年、日米関係が緊迫化する中、岩畔は駐米日本大使館付武官補佐官として渡米し、日米開戦回避のための交渉に当たりました。彼は野村吉三郎大使と共に、近衛文麿首相とルーズベルト大統領との日米首脳会談を実現させるための日米諒解案を作成しましたが、外務大臣・松岡洋右によって反故にされました。日米開戦が不可避となる中、岩畔は新庄健吉大佐の報告書を基に、アメリカとの戦力差を指摘し、長期戦となれば勝算はないと主張しましたが、受け入れられず、近衛歩兵第5連隊長への転出を命じられました。しかし、日米開戦に反対していたわけではなく、早期開戦を主張したとも言われています。また、アメリカ国務長官のコーデル・ハルは、岩畔の能力を高く評価しており、戦後、岩畔がイギリスに引き渡されそうになった際には、アメリカがそれを拒否したという逸話も残っています。

戦時中の活動

太平洋戦争（大東亜戦争）開戦後は、南方軍総司令部附となり、マレー作戦で左足を負傷。その後、インド独立協力機関（通称「岩畔機関」）の長として、インド国民軍（INA）の組織と指導・自由インド仮政府の樹立に関与しました。岩畔機関には、多数の中野学校出身将校や松前重義、水野成夫らが加わりました。しかし、モーハン・シン大尉の罷免やラシュ・ビバリの体調悪化により、岩畔機関は山本敏大佐に引き継がれ、「光機関」と改称されました。

終戦後の活動

終戦直前には、陸軍兵器行政本部付となり、単独で帰国。戦後は、公職追放仮指定を受けましたが、その後の20年間の活動ははっきりとしていません。日本陸軍と米軍の連絡係として活動していた、GHQ(SCAP)の情報部門「G2」と深く関わっていた、右翼人脈のリーダー格として暗躍していたなど、様々な説があります。しかし、実際には、財界人や後進を哲学的に指導することに熱意を示し、戦争哲学などの思索に多くの時間を費やしたとされています。自衛隊創設時には、吉田茂から参加を促されましたが、「敗軍の将、兵を語らず」と固辞しました。

大学設立と晩年

1965年、岩畔は京都産業大学の開学に関わり、初代の世界問題研究所長を務めました。また、日米交渉の際に仲介役を務めたメリノール会のジェームズ・E・ウォルシュ司教の安否を周恩来に確認してもらうなど、中国とも関わりがありました。戦後は、フジサンケイグループを創設した水野成夫ら財界人のアドバイザーとしても活躍しました。沖縄返還交渉にも関わり、若泉敬との関係も深く、沖縄返還交渉の黒幕とも言われました。晩年は心筋梗塞の発作に悩まされ、1970年に74歳で死去しました。

岩畔豪雄は、諜報活動、謀略、経済、外交、教育など多岐にわたる分野でその才能を発揮した異色の軍人であり、その生涯は、日本の近現代史において重要な一ページを刻んでいます。

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