白子屋お熊

白子屋お熊と白子屋事件

白子屋お熊（しろこや おくま）は、元禄16年（1703年）に江戸日本橋新材木町の材木問屋「白子屋」の娘として生まれました。父は店主の白子屋庄三郎、母はつね。後に婿として又四郎を迎えます。しかし、享保11年（1726年）に発生した「白子屋事件」と呼ばれる事件の計画犯の一人として、お熊の名は歴史に刻まれることとなります。

白子屋事件のあらまし

事件の発端は、享保11年10月17日の早朝、お熊の夫である又四郎が、白子屋の下女・きくに首を剃刀で切りつけられるという事件でした。又四郎は幸いにも軽傷で済みましたが、事件は思わぬ方向に展開します。

又四郎の実家が事件の背後に白子屋の存在を疑い、奉行所に訴え出たのです。取り調べの結果、下女のきくは、お熊の母であるつねに犯行を教唆されたと証言しました。さらに奉行所が追及すると、つねとお熊は又四郎の殺害計画を自供したのです。

事件の背景

お熊と又四郎の結婚は、白子屋の資金繰りが苦しかったことが背景にありました。大伝馬町の資産家の息子であった又四郎からの結納金が目当てだったのです。しかし、お熊は夫を嫌い、結婚後も手代の忠八と密通を重ねていました。母のつねもその事実を知りながら、娘の不貞を容認していたのです。

お熊は又四郎との離縁を望んでいましたが、離縁すれば結納金を返さなければなりません。そこで、「又四郎を病死に見せかけて殺せば、結納金を返さずに忠八と結婚できる」と考え、つねと共に殺害計画を練るようになったのです。

計画の実行と露見

当初、お熊たちは毒殺を計画しました。出入りの按摩である横山玄柳を騙し、又四郎に毒を盛らせましたが、彼は体調を崩すに留まり、死には至りませんでした。毒殺計画が失敗したことで焦ったつねとお熊は、下女のきくを脅し、又四郎を切りつけるように仕向けましたが、これも失敗に終わり、ついに殺害計画が露見してしまったのです。

関係者の処罰

事件の関係者は、それぞれの罪状に応じて裁かれました。下手人のきくは死罪、店主の庄三郎は世間を騒がせた罪で江戸所払い、按摩の横山玄柳も江戸所払いとなりました。密通をそそのかした下女のひさは市中引き回しの上死罪、手代の忠八は密通の罪で市中引廻しの上獄門、従犯のつねは遠島、そして主犯であるお熊は密通と夫の殺害未遂で市中引き回しの上獄門という厳しい判決が下されました。

お熊の最期

お熊は、その美貌で日本橋中でも評判でした。市中引き回しの際には、その美貌の悪女を一目見ようと沿道に多くの観衆が押し寄せました。裸馬に乗せられたお熊は、白無垢の襦袢と高価な黄八丈の小袖を重ね、水晶の数珠を首に掛けた華やかな姿で、静かに経を唱えていたと言われています。

享保12年2月25日（1727年4月16日）、お熊は市中引き回しの上、獄門に処せられました。享年23歳。首は浅草で晒された後、引き取られ、現在は東京都港区にある常照院に墓所があります。また、同区の専光寺には供養塔が建てられています。

後世への影響

お熊と白子屋事件は、そのセンセーショナルな内容から、後世に演劇や芸能の題材として取り上げられました。安永4年（1775年）に発表された人形浄瑠璃『恋娘昔八丈』のヒロイン・白木屋お駒のモデルになったり、河竹黙阿弥作の歌舞伎『梅雨小袖昔八丈』のヒロインとして登場したりしています。

お熊の美貌と事件の衝撃的な展開は、江戸の人々に大きな衝撃を与え、多くの記録にも残されています。白子屋事件は、単なる殺人未遂事件としてだけでなく、当時の社会情勢や人間関係を映し出す鏡として、後世に語り継がれているのです。

参考資料
中江克己『江戸の醜聞事件帖: 情死からクーデターまで』学研文庫
松村操 編『實事譚』（1881年、兎屋）
* 田村栄太郎『妖婦列伝』（1960年、雄山閣）

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