相変異 (動物)

相変異（そうへんい）

動物の一部、特に昆虫において、生活環境の変化、とりわけ個体群の密度の増減に応じて、個体の外見や行動様式が質的に変化する現象を「相変異」と呼びます。これは、遺伝的な違いではなく、環境要因によって同じ種内で異なるタイプ（相）が生じる多形性の一種です。

概説

多くの動物は、環境条件によってある程度姿を変えますが、相変異では、例えば翅が生えたり消失したりするなど、劇的な変化が見られます。この現象が、個体群密度の影響を強く受ける場合に「相変異」として特に区別されます。

相変異は、主にバッタ類で見られる「飛蝗」（ひこう）と呼ばれる大群の研究から見出されました。通常の生活を送るバッタが、数世代にわたって過密な状況に置かれることで、集団で長距離を移動する飛蝗へと変化することが明らかになったのです。このような密度の変化によって引き起こされる性質の変化は、「密度効果」の一例と捉えることができます。狭い意味では、このバッタの飛蝗現象やそれに類する例を指して相変異と呼びます。

生物の中には、世代ごとに異なる姿や生態を持つものがいますが（いわゆる世代交代）、これは規則的な生活環の一部として組み込まれています。一方、相変異はあくまで環境条件、特に密度の影響で、同一世代内あるいは比較的短期間に生じる変化であり、世代交代とは根本的に異なります。ただし、ミジンコやアブラムシのように、環境条件、特に個体群密度に応じて有性生殖を行う個体が出現する現象は、その出現が不規則である点で相変異と共通しており、広義には含められる場合もあります。近年では、「生活史多型」の一つとして位置づける考え方も一般的になっています。

バッタの飛蝗に見られる相変異

世界各地で記録されている飛蝗は、大量のバッタが群れをなして移動し、農作物などを食い荒らす（蝗害）現象です。日本では「イナゴの大群」と呼ばれることもありますが、実際にはイナゴではなく、トノサマバッタなどに近い種類のバッタが引き起こします。

飛蝗として現れるバッタは、大発生時にしか確認されず、通常見られる同地域の近縁種とも外見が明らかに異なります。一般的に、単独で生活する孤独相のバッタに比べて、群れで移動する群生相のバッタは、翅が長く、跳躍に使う後脚が短く、体色も黒っぽい傾向があります。かつてはこれらが別種と考えられていました。

しかし、詳しく調べると中間的な形態の個体が見つかり、分類上重要な生殖器の構造に明確な差がないことから、同一種内の変異ではないかという疑問が呈されました。

この謎を解明したのが、ロシアの昆虫学者ボリス・ウヴァロフ（1921年）です。彼は当初、種の分類を試みていましたが、群生相のバッタの卵から中間型や孤独相の個体が生まれることを発見し、両者が同じ種の異なる「相」であることを確認しました。ウヴァロフは、定住性の孤独相から時折発生する群生相の個体が集団で移動し、新しい生息地で再び孤独相を生むという「相説」を提唱しました。彼の共同研究者であるヤコブス・フォールは、南アフリカで孤独相のバッタの幼虫を密集状態で飼育すると、群生相に近い中間型が出現し、この状態を維持すると2世代ほどで完全な群生相になると突き止めました。

孤独相から群生相への変化は、幼虫が過密な環境で育つことが引き金となります。ある程度密度が高い環境にいる幼虫は、次第に体色が濃くなり、互いに近づいて集まって移動する性質が強まります。この行動がさらに個体群密度を高めるという、正のフィードバック効果が働き、最終的に大規模な集団移動に至ります。移動先の新しい土地で群生相の成虫が産んだ卵から孵化した幼虫は、生まれつき群生相的な性質を持ち、すぐに集まって移動を始めます。このように、相の変化は世代を超えて引き継がれる傾向が見られます。

群生相への変化の誘因としては、幼虫同士の物理的な接触が重要であることが分かっています。単独飼育であっても、常に何かが体に触れるような刺激を与えると、群生相に近い形態になることがあります。また、フェロモンの影響も関わっていると考えられています。

バッタの飛蝗は、一般的に乾燥地帯で発生し、雨が降った地域で終息する傾向があります。これは、生育が困難になった場所から、より適した新しい生育地への移動を促すという、環境への適応的な意義を持つと考えられています。

日本でもトノサマバッタが相変異能力を持ち、過去には小規模ながら飛蝗の記録があります（例：享保の大飢饉）。近年では、2007年に大阪の関西国際空港工事現場でトノサマバッタが大規模に発生し、飛蝗による視界不良や車両スリップなどの問題が発生しましたが、殺虫剤による防除と、ハエカビの一種であるエントモフトラ属のカビによる感染拡大によって終息しました。日本ではエントモフトラなどの天敵が存在するため、通常はトノサマバッタが大規模に繁殖する環境は限られており、飛蝗は一時的に天敵が少ない造成地や山火事跡などで見られる現象です。

その他の相変異の例

ヨトウムシ

バッタと同様に、ヨトウムシの一部でも孤独相と群生相の相変異が知られています。群生相の幼虫は体色が濃くなり、集団で移動性が高まり、畑から畑へと集まって移動する様子が観察されます。

翅多型（長翅型と短翅型）

昆虫において、より広い分類群に見られる相変異の例として、環境条件に応じて翅が発達した長翅型と、翅が短いか全くない短翅型（無翅型）が出現する現象があります。これを翅多型と呼びます。カメムシ目（アメンボ、ナベブタムシ、ウンカなど）、アブラムシ類（翅の有無と生殖様式が連動する場合も）、コオロギ類（カマドコオロギ、マダラスズ）、コウチュウ類（マメゾウムシ）など、多くの昆虫で見られます。

これらの昆虫では、バッタのように長翅型が集団で移動することは少ないですが、短翅型がその場に定着して繁殖するのに対し、長翅型は移動能力が高く、新しい繁殖場所を探して分散する役割を担うと考えられています。このような翅の型の変化も、広義の相変異に含まれます。

多くの場合、集団の密度が高まると長翅型が出現しやすくなり、遠距離移動によって新たな生息地を開拓します。新しい場所に定着した長翅型の子孫は、そこで繁殖し、生まれた個体は短翅型になる傾向があります。

また、一部のコオロギでは、日照時間が短い（短日）条件下では長翅型が発生せず、日照時間が長い（長日）条件下でのみ出現することが知られています。これは、移動に適した相が春から夏にかけて現れ、この時期に生息域を広げる活動を行うことを示しており、相変異が季節的な変化とも関連する興味深い例です。季節的な変化として翅の発達程度が変わる例は他の昆虫でも見られ、ある時期に翅が縮んで飛べなくなるガ（ヒメモンシロドクガなど）もいます。

なお、バッタの飛蝗の例とは異なり、これらの昆虫で長翅型が出現する場合でも、同時に短翅型も生まれ、両者が混在するのが一般的です。