空想から科学へ

『空想から科学へ』（Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft）は、フリードリヒ・エンゲルスが1880年に発表した社会主義に関する入門書です。もともとは、エンゲルスの著書『反デューリング論』から抜粋したパンフレットとして作成されました。初版は『空想的社会主義と科学的社会主義』というタイトルで、社会主義理論の入門書として世界中で広く読まれています。

出版の経緯

本書の出版に至る経緯は、エンゲルスの序文に詳しく述べられています。1875年にドイツの2つの労働者党が合同してドイツ社会主義労働者党が結成されました。この党内で影響力を増していたのが、ベルリン大学の私講師オイゲン・デューリングでした。デューリングはマルクスの理論を批判し、自身の派閥を形成し始めました。これに対抗するため、エンゲルスは機関紙『フォルウェルツ』でデューリング批判の論文を連載し、1878年に『反デューリング論』として出版しました。

その後、マルクスの娘婿であるポール・ラファルグの依頼により、『反デューリング論』から3つの章を抜粋し、パンフレットとして出版されました。これが『空想的社会主義と科学的社会主義』です。本書は、『反デューリング論』の内容を基に、社会主義理論の核心を簡潔にまとめたものとなっています。

本書は、『反デューリング論』の「序説」や「歴史的概説」、「理論的概説」といった章を基に構成されています。エンゲルスは、『反デューリング論』をマルクスに読ませ、本書についてもマルクスが「科学的社会主義の入門書」と紹介したように、マルクスの承認の下で出版されています。

本書は、レーニンが後に「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」と定式化した、社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素を簡潔に含んでいます。ただし、この定式をマルクス主義の定式とする事には異論もあります。

本書の構成・各章の概要

本書は3つの章で構成されており、それぞれの章で異なるテーマが扱われています。

第1章：空想的社会主義者
この章では、ロバート・オウエン、サン＝シモン、シャルル・フーリエといった「空想的社会主義者」たちの理論と実践が紹介されています。エンゲルスは、彼らが資本主義経済の矛盾を認識し、その解決を試みた点を評価しつつも、理性による青写真に基づいて社会を改革しようとした点、社会の現実そのものの中に解決の芽を見いだせなかった点を批判しています。

第2章：弁証法
ここでは、科学的社会主義が成立するために必要だった弁証法について解説されています。古代には自然を全体として捉える弁証法がありましたが、自然科学の発展と共に、全体をバラバラに分解して分析する「形而上学」が主流となりました。エンゲルスは、形而上学が事物を固定的に捉えるのに対し、弁証法は事物を関連付け、発展・運動として捉えることを主張しています。ドイツ古典哲学、特にヘーゲルの弁証法が、発展的な哲学的表現であると位置づけています。

第3章：科学的社会主義
この章では、エンゲルスとマルクスが主張した科学的社会主義が展開されます。弁証法的な世界観に基づき、社会も歴史も発展するものとして捉える唯物史観が示されます。資本主義経済の生成・発展・没落の法則が解明されたとし、マルクスの『資本論』の内容を引用しながら、資本主義の基本矛盾を指摘しています。この矛盾が、資本主義から社会主義への移行を不可避にするとしています。

日本での受容

日本では、1906年に堺利彦によって翻訳され、「社会主義研究」誌に掲載されました。当時は「科学的社会主義」というタイトルでした。

現在入手可能な日本語訳

現在では、以下の日本語訳が入手可能です。

大内兵衛 訳 『空想より科学へ』 岩波書店（岩波文庫）
石田精一 訳 『空想から科学へ』 新日本出版社（科学的社会主義の古典選書）
浜林正夫 訳 『エンゲルス 空想から科学へ』 学習の友社（科学的社会主義の古典入門シリーズ）
* 寺沢恒信 訳 『空想から科学への社会主義の発展 新訳』 大月書店（国民文庫）

本書は、マルクス主義の基本的な考え方を理解するための重要な入門書であり、社会主義思想に関心のある人々にとって必読の文献と言えるでしょう。

もう一度検索