窪城の戦い

窪城の戦いは、天正9年（1581年）から翌10年（1582年）にかけて、佐々成政と越中一向一揆の間で繰り広げられた合戦です。

主要な戦闘は天正9年9月と天正10年8月の二度行われました。最初の衝突では、窪城に籠もる一向一揆勢が佐々軍の攻撃を退けましたが、二度目の戦闘で佐々軍の猛攻により窪城は陥落しました。「窪城」の正確な位置は史料に明記されていませんが、現在の富山県南砺市井口地域にある「久保」の井口城を指すものと考えられています。

戦いの背景

天正4年（1576年）、織田家の勢力拡大に対抗するため、これまで対立していた本願寺と越後の上杉家は和睦を結び、越中一向一揆は上杉家と連携して織田家への抵抗を強めていました。天正8年（1580年）には、本願寺第10世顕如が織田信長と和睦し石山本願寺を退去しましたが、長男の教如は徹底抗戦を主張し、その意を受けた越中一向一揆も織田家への反抗姿勢を崩しませんでした。

また、天正9年に越中を任された佐々成政が敵対勢力の平定を進める中で、成政に敗れた越中の土着勢力の残党が、最後の抵抗拠点として五箇山へ退避するようになりました。五箇山地域は険しい山々に囲まれた天然の要害であり、「五ヶ山惣中」と呼ばれる強固な宗教的結合を持つ組織が外敵に対抗していました。さらに、この組織が信長に対抗する本願寺教如と連携していたことが、越中国人の流入を招いた要因とみられています。なお、上杉景勝は天正10年10月3日付の書状で、五箇山に拠って佐々成政に対抗する諸勢力を「五ヶ山惣中」と呼んでいます。

五箇山の城塞群

20世紀末まで五箇山地方の城郭についてはあまり知られていませんでしたが、平成に入ってからの発掘調査により、五箇山にも多数の城塞が存在したことが明らかになりました。これらの城塞は記録が残っておらず、築城目的や利用状況は不明でしたが、現在では五箇山を支配する一向一揆勢力によって築かれ、窪城攻防戦をはじめとする天正年間の五箇山を巡る攻防で利用されたと考えられています。後述する栗山宗左衛門が五箇山で籠城したとされる「小屋」（小型の砦）も、この五箇山城塞群の一部を占める砦であったと推定されます。

現在までに発見されている五箇山の城塞群には、八乙女山砦、小屋場平城、新山砦、田中平城、鉢伏山砦などがあります。八乙女山砦は高清水山地北端の八乙女山山頂に築かれ、主郭と思われる場所からは展望がききます。小屋場平城、新山砦、田中平城、鉢伏山砦はいずれも平野部側の尾根筋に位置しており、五箇山と平野部を結ぶ交通路を抑える意図で築かれたとみられます。これらの城塞群は、八乙女山砦を除き、五箇山を支配する勢力が平野側からの侵攻に備えて築いたものと推定されます。

16世紀前半に赤尾道宗の献身的な布教により五箇山地域で浄土真宗が広まっていたことはよく知られており、天文年間（1532～55年）には五箇山の十日講組織から本願寺へ絹糸などが献上された記録もあります。これらの城塞群は五箇山の真宗門徒、すなわち一向一揆によって築かれ、外敵（上杉家・織田家）への抵抗のために運用されたと考えられています。

第一次窪城攻防戦（天正9年9月）

第一次窪城攻防戦の詳細は、天正9年9月8日付の瑞泉寺佐運書状や同月18日付の寺嶋盛徳・槻尾秀安連署状に記されています。佐運書状によれば、佐々軍は9月3日から8日にかけて「窪」と呼ばれる地にある窪城を包囲し、堀際に陣を構えました。これに対し、寺嶋牛介・槻尾甚助らが8日に五箇山各地の城塞（山中所々）から「山口」（八乙女山付近とみられる）へ兵を出し、佐々軍を牽制する手筈でした。瑞泉寺は重ねて上杉景勝に越中への出兵を要請しました。

佐運書状から10日後、9月18日に上杉方に戦況を報告した寺嶋盛徳・槻尾秀安（佐運書状の寺嶋牛介・槻尾甚助と同一人物とみられる）らによると、10日以上の包囲にもかかわらず、9月17日に佐々軍は「両城が堅固なため」撤退したといいます。「両城」が具体的に何を指すかは不明ですが、一つは窪城、もう一つは窪城と井波瑞泉寺の中間に位置する丸山城を指す可能性が考えられています。越中一向一揆から戦勝報告を受けた上杉景勝は、10月3日付書状で「五ヶ山惣中」の「毎度之防戦」、すなわち第一次窪城攻防戦での勝利を称賛しました。

反織田勢力の結集

天正9年9月の第一次攻防で佐々軍の撃退に成功した窪城は、反織田家の諸勢力にとって最後の抵抗拠点として注目されるようになりました。『信長公記』によると、砺波郡北部の有力者であった石黒左近は本拠の木舟城を奪われた後に謀殺されましたが、その弟である湯原国信は木舟城を退去した後も五箇山で抵抗を続けたと伝えられています。これは天正9年9月27日付の上杉景勝書状によっても確認され、湯原国信は「山中」（五箇山）に逃れ、瑞泉寺と連携して織田方へ攻撃を仕掛けていたことが記されています。

また、栗山宗左衛門なる人物が猪原八十郎（湯原国信）と共に「小屋」（小型の砦か）に籠城し、佐々蔵助や柴田・前田といった佐々成政配下の武将から攻撃を受けたものの撃退したという記録もあり、天正9年前後に石黒家の残党が五箇山で抗戦を続けていたことが裏付けられます。

天正10年2月、織田信忠を中心とする織田軍は武田家への総攻撃を開始し、同年3月までには武田勝頼を自害に追い込みました。恐らく武田領侵攻により越中の守備が手薄になった隙を突き、天正10年3月には一向一揆方の小嶋職重・唐人式部らが、佐々成政配下の神保長住が守る富山城を奪取するという事件が起こりました。『信長公記』によれば織田方の反撃により富山城はすぐに奪回されましたが、小嶋・唐人らは富山城を放棄して撤退しました。同年5月3日付の上杉景勝書状には、富山から退却した者たちが「五ヶ山地」に逃れたと記されており、小嶋職重・唐人式部らは窪城を含む五箇山の要塞群に逃げ込んだとみられます。唐人式部（大輔親広）は岸和田流の砲術師として知られており、富山城の奪回には失敗したものの、五箇山の一向一揆勢はこの間に戦力を増強したと言えます。

加えて、本願寺顕如と対立し織田家への徹底抗戦を唱える教如は、富山城奪取事件の頃に五箇山や白川郷に滞在していました。この頃、越中の真宗寺院で最も熱心に教如を支持していた善徳寺が飛騨国へ避難しており、教如は善徳寺を頼ってこの地方を訪れ、対織田一揆を指示したようです。これに対応するように、同年4月8日付の上杉景勝書状では、「五ヶ山に下向した」門跡（教如）に対し、織田方に対して一揆を起こすよう要請がなされています。

第二次窪城攻防戦（天正10年8月）

第二次窪城攻防戦については、栗山宗左衛門覚書、湯原国信書状、瑞泉寺佐運書状に断片的な記録が残されています。これらの史料を総合すると、以下のような経過をたどったとみられます。

天正10年8月、本能寺の変による信長の死を知った佐々成政ら織田方の諸将は一時富山城に退却しましたが、その後6月10日に越中国内最大の残存抵抗勢力である五箇山方面へ侵攻しました。緒戦では小甚（小嶋甚助）・寺牛（寺嶋牛介）ら兄弟が出撃して佐々軍と戦いましたが敗れ、多数の犠牲者を出しました（湯原国信書状）。佐々方は勢いに乗じて湯原国信の陣所にも攻撃を仕掛けましたが、湯原国信はこれを打ち破り、佐々姓の侍3名を含む100人余りを討ち取る勝利を得たと直江兼続に報告しています。

ところが、湯原国信と行動を共にしていた栗山宗左衛門が突如佐々成政に降伏し、召し抱えられました。栗山宗左衛門は8月21日に「越中くぼの城」、すなわち窪城を再び包囲しました。栗山宗左衛門の裏切りによって城内の守備状況が佐々方に明らかになったこともあり、栗山宗左衛門と佐々家中の脇本甚助の活躍によって、9月2日に窪城はついに陥落しました（栗山宗左衛門覚書）。ただし、これらの第二次攻防戦に関する記述は月日のみ記され、具体的な年は「天正12年の末森城の戦い以前」としか分かっていませんでした。しかし、高岡徹氏の考証によれば、天正11年6月には既に五箇山に佐々成政の支配が浸透している記録があり、同年8月中には小嶋職重をはじめとする主要な越中国人が投降していることから、天正11年8-9月に第二次攻防戦があったとは考えにくく、天正10年とすべきであると指摘されています。

佐々成政による五箇山制圧

第二次窪城攻防戦以降、五箇山を巡る戦いの記録は史料に現れなくなります。このことから、窪城の陥落が決定的な打撃となり、佐々方による五箇山制圧が一気に進んだと考えられます。天正11年4月3日付の羽柴秀吉書状に、瑞泉寺・安養寺が「近年牢籠由」（近年追放された、牢人となったという意）とあることも、天正10年末に五箇山が佐々成政によって制圧され、瑞泉寺佐運らが五箇山を追われたことを裏付けています。

現在、西赤尾町行徳寺には天正11年6月付で佐々成政が出した禁制が残されています。これは佐々成政による五箇山制圧が達成された証拠とみられています。これに先立ち、賤ヶ岳の戦いの戦後処理として、羽柴秀吉は佐々成政の越中一国支配を認め、同時に成政を越後上杉家の収次役（上杉家の動向を監視し、必要に応じて介入する役目）に任命していました。これは、上杉家がこれまでのように越中一向一揆を支援することが困難になったことを意味します。天正11年6月付の禁制は、長年にわたる越中一向一揆の終焉を象徴するものと言えるでしょう。

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