竹俣当綱

竹俣当綱（たけのまた まさつな）は、江戸時代中期の米沢藩において、上杉家に仕えた家臣である。家格は上士階級である侍組分領家に属し、石高は千石を領したが、一時的に七百石への減俸も経験している。民政や産業に関する深い知識を持ち、莅戸善政らと共に若き藩主上杉治憲（後の鷹山）にその才能を見出され、明和・安永期に行われた重要な藩政改革の中心的な推進者となった。

彼の人生は、竹俣氏当主である祖父・充綱の嫡子、本綱の子として始まった。三歳の時に父を亡くし、延享三年（一七四六）に祖父から家督と千石の知行を受け継いだ。しかし、宝暦七年（一七五七）には、当時の藩主上杉重定の寵臣として権勢を振るっていた森利真と対立した結果、三百石を減らされ、閉門の処分を受けるという不遇を経験している。宝暦九年（一七五九）には、藩主の侍医となった藁科松伯から教えを受け、後に神保綱忠や莅戸善政らも彼に師事することになった。宝暦十年（一七六〇）には、深刻な財政難に陥った藩の窮状を見て、当時の藩主重定に対し、藩を幕府に返上するという過激な進言を行ったことも知られている。

宝暦十一年（一七六一）に会談所奉行に任じられ、同年八月には江戸家老へと昇進を果たした。翌宝暦十二年（一七六二）には、かつて減らされた三百石が加増され、石高は千石に戻った。

宝暦十三年（一七六三）、当綱は密かに江戸から米沢へ下り、会談所に森利真を呼び出して殺害するという行動に出た。この事件は、米沢藩ではその後の藩政改革の端緒と位置づけられている。森殺害後、千坂高敦、芋川正令、色部照長らと共に、藩主重定に事件の経緯と政治改革に関する意見を提出した。この時の改革方針は、中下級武士の登用による身分制度の是正、古来の慣習や年功序列の尊重、森時代に結びつきを強めた商業資本家や豪商との関係断絶、そして森が売却した京都藩邸の買い戻しなど、森政治の否定を明確にするものであった。

明和二年（一七六五）七月、当綱は奉行に就任した。この頃、江戸の豪商である三谷三九郎との関係修復に乗り出した。三谷は米沢藩の長年の融資元であり、融資の代償として藩の蝋専売を担っていたが、森によって他の商人に切り替えられ関係が途絶えていた。当綱は三谷との関係修復に成功し、これが後の藩財政再建の一助となる。先に奉行となっていた千坂高敦や芋川正令とは次第に意見が合わなくなり、明和五年（一七六八）には芋川が辞任した。これにより、改革の主導権は当綱と、新たに藩主となった上杉治憲の側近であった莅戸善政、志賀裕親、佐藤文四郎らが握ることになった。当綱は、離散した農民を呼び戻し、新田開発や用水路の整備を進め、地場産業を奨励するなど、農村復興政策を積極的に推進した。また、森時代に一度廃止された郡奉行職を復活させるなど、地方行政機構の整備も行った。同時に、極端な倹約政策も進められた。しかし、こうした改革の進行中に、安永二年（一七七三）、江戸家老須田満主や奉行の千坂高敦、色部照長、侍頭の芋川延親ら反対派が当綱一派の免職を要求する「七家騒動」が発生した。審理中は一時的に職務停止となったが、主君である治憲の厳正な裁定により、反対派が処罰され、当綱は危機を乗り越えた。

安永四年（一七七五）、当綱は三谷三九郎より、米沢藩が三谷に負っていた一万九千両の古い借金の債権放棄に加え、新たに一万千両を年利五分という低利子で借り受けることに成功した。これにより、植樹計画などの財源を確保することができた。同年には、漆・桑・楮をそれぞれ百万本植樹するという大規模な計画を発表した。これは財源の回復と山間部農村の振興を目指したものであり、特に桑の植樹は、絹生産で成功していた高畠藩を範とし、養蚕業の推奨を目的としていた。

改革の推進者であった当綱だが、その手法は専制的であり、取り巻きを抱えるなど公私混同の振る舞いも指摘された。また、彼の側近政治や、一部の改革施策が森平右衛門時代の政策を踏襲していたことから、反対派からは森と同類であると見なされることもあった。安永九年（一七八〇）に一度は辞職を願い出たものの、天明二年（一七八二）には、公費の私的流用や藩祖上杉謙信の忌日に酒宴を開いたという不敬罪など、十一か条に及ぶ不行跡を理由に、隠居と押込（自宅謹慎）を命じられた。本来ならば重い罪であったが、これまでの功績が評価され、嫡子の厚綱への家督相続は認められ、知行の削減も行われなかった。押込は、かつての政敵である芋川家で三年間、その後七年間は自宅で行われた。この頃、莅戸善政も隠居し、天明の飢饉による財政逼迫への対策として志賀裕親が出した意見が採用され、一部の殖産興業政策を含む諸役場の統廃合が行われるなど、改革は莅戸が復帰するまで一時的に停滞した。蟄居中の天明六年（一七八六）には、「長夜の寝言」と題する財政再建策に関する意見書を藩に提出している。

寛政三年（一七九一）に赦免され、家老隠居の列に加えられた。莅戸善政の現実主義的な手法に反対していた神保綱忠は、当綱の復帰を強く望んだが、それは実現しなかった。また、神保綱忠と服部正相らが推進した、商人を通さずに藩が直接苧（からむし）の流通を掌握する政策は、当綱の持論であったとされるが、これも採用されることはなかった。

彼の墓所は、竹俣氏の菩提寺であり、分福茶釜の伝説も伝わる常慶院にある。墓碑の碑文は、儒学者である細井平洲によるものである。天保七年（一八三六）、藩主上杉斉定は、藩の中興に貢献した先臣たちの功績を顕彰し、当綱はその中で「中興第一の功臣」として、その功牌に銀十枚が贈られた。明治四十一年（一九〇八）には、正五位が追贈されている。

著作としては、蟄居中に執筆された「樹養諭」や「文武諭」のほか、「国政談」や「富国談」がある。これらの著作は、後に息子の厚綱によって藩に献上された。

竹俣当綱は、激動する藩財政と政治情勢の中で、上杉鷹山による改革を初期段階から主導し、その推進力となった人物である。森事件という過激な手段を用いる一面もあったが、農村復興や殖産興業、財政再建に向けた彼の尽力は、米沢藩の立て直しにおいて重要な役割を果たしたと言えるだろう。その晩年は不遇であったが、後世においてその功績は高く評価されている。

もう一度検索