米田吉盛

米田 吉盛

日本の教育者、政治家。学校法人神奈川大学の創立者として知られ、昭和期に衆議院議員を4期務めた（1898年11月10日 - 1987年5月17日）。

生い立ちと青年期

1898年（明治31年）、愛媛県喜多郡満穂村（現在の内子町）に生まれる。村役場書記の父と母のもとに生まれたが、1歳の時に両親が離婚。祖母によって育てられた。尋常小学校を卒業後、京都の呉服屋で丁稚奉公を経験するが、1年で終える。15歳からは第一次世界大戦後の好景気に沸く台湾・基隆の金物店に勤め、数年で責任ある立場を任された。この台湾での経験から、資金を貯めて中学校に進学することを決意した。

20歳となった1918年（大正7年）、徴兵検査で現役兵に適さない丙種合格となり、上京。当時の攻玉社中学校に編入し、新聞配達をしながら勉学に励んだ。

神奈川大学の創立へ

攻玉社卒業後、中央大学専門部法学科に進学。ここで林頼三郎や樋貝詮三といった師と出会い、また辞達学会で弁論術を磨いた。1927年（昭和2年）、金融恐慌が発生し、社会に混乱と不況が広がる中、米田は「民族の危機」を感じる。この危機感を乗り越えるには、志を同じくする中正堅実な青年を育成することが不可欠だと考え、横浜に横浜学院（後の横浜専門学校、現在の神奈川大学）を創立することを決意した。当初は夜間部の法学科と商業経済科の2学科で始まったこの事業には、中央大学時代の恩師である林頼三郎、樋貝詮三、そして太田哲三が協力した。

学舎の地を横浜に選んだのは、妻の親戚で易断家であった小玉呑象からの助言が大きかった。高島嘉右衛門の高弟でもあった小玉は、明治初期に高島が横浜で語学を中心とした私塾「藍謝堂（高島学校）」を開き、学問が栄えていた歴史を米田に伝えたのである。

建学の精神「中正堅実」

米田が感じた「民族の危機」の根底には、日本に導入された民主主義制度が、それを適切に運用する国民精神を伴っていないという認識があった。新制神奈川大学が発足した1950年（昭和25年）、米田は民主主義の形式だけがあっても運用精神が伴わないために社会に矛盾や無秩序が生じている現状を指摘。利己主義や無責任が蔓延し、文化国家とは程遠い世相になっていると憂えた。そして、教育の目的を人格の完成に置き、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた国民の育成を目指すことの重要性を説いた。

特に「中正堅実」の精神を重んじ、これは大学運営や政治活動にも貫かれた。1948年に神奈川大学が日本私立大学協会に加盟した後、旧制大学と新制大学の間で摩擦が生じる中で行われた1950年の役員選挙では、新制大学側が米田を会長に推し、役員を独占しようとした。しかし米田は、役員を新制大学で独占すべきではないと主張し、明治大学総長の鵜澤總明を会長に推薦、自らは副会長に留まった。これは米田の中正堅実な姿勢を示す代表的なエピソードである。

高山岩男と建学精神の深化

戦後、戦争協力の責任を問われ公職追放となり、静岡県に隠棲していた京都学派の哲学者、高山岩男を熱心に請い、1952年に神奈川大学法経学部教授として迎えた。1960年代、日本国内の大学にも学生運動が広がる中、米田の要請を受けた高山は1963年に『神奈川大学の建学精神の神髄解明』を著した。高山はこの書で、米田の提唱する「質実剛健」（保守的）と「積極進取」（革新的）という二つの精神が、互いにダイナミックに働き合う「呼応の原理」によって真の進歩が生まれると論じ、建学精神に哲学的裏付けを与えた。

しかし、米田の中正堅実という願いとは裏腹に、学内での対立は激化。1968年3月、米田は学園紛争の責任を取り学長を辞任する。「学生諸君の指摘に首肯すべき点が多く、その純粋な心情を十分に理解できなかった。最終責任者として責任を痛感する」という声明を発表しての辞任であり、学生の主張をも重んじる米田の中正堅実の精神が表れたものとされた。

イギリスの教育制度からの影響

横浜専門学校（現・神奈川大学）創立にあたっては、徹底した実学教育と、マスプロ教育ではない少人数制のゼミナールを重視する方針を掲げた。米田は私立大学協会の副会長として1950年にヨーロッパを視察した際、イギリスの教育制度から示唆を得る。特にケンブリッジ大学やオックスフォード大学のような寮制度に注目し、寮生活と連動したチューター制度を持つカレッジ構想を描いた。このため横浜市緑区に広大な「中山校地」を取得したが、学園紛争による学長辞任の影響を受け、構想は実現に至らなかった。

政治家としての歩み

教育活動と並行して政治の世界でも活動した。1942年のいわゆる「翼賛選挙」では、地元愛媛から非推薦で立候補し初当選。戦後第一回の総選挙では「天皇制擁護と国民協同自治」を政策理念としたが落選した。しかし、翌1947年の総選挙で当選し国政に復帰。衆議院では文教委員会を中心に活動し、教育関連の課題について積極的に取り組んだ。

その後、一度落選を経験するが、1955年の総選挙では神奈川県第1区から立候補しトップ当選を果たす。この時の政見では、外交における自主独立、アジアとの善隣外交による貿易振興、国民生活の復興、特に中産階級の維持、中小企業への長期融資、農村不況対策、困窮者向け住宅建設、戦争犠牲者・未亡人支援、女性の地位向上、教育改革、育英資金拡充、横浜復興のための国費導入などを幅広く訴えた。

1957年には岸信介内閣で厚生政務次官に就任。日本医師会会長の武見太郎とは診療報酬問題を巡って激しく対立し、一歩も引かなかったため、反感を買い「あの生意気な政務次官を叩き落せ」との指示が横浜医師会に出されたと伝えられている。

また、当時、横浜選挙区で唯一の自民党代議士であった米田は、根岸線（桜木町駅 - 大船駅間）の延伸計画を知ると、その早期実現に向けて強力な推進運動を展開。1957年、運輸大臣による建設許可の獲得に貢献した。

晩年と現在への影響

1963年に政界を引退。1964年には横浜文化賞を受賞した。1968年に学長・理事長を退任した後も、1978年には神奈川大学から名誉理事長の称号を贈られるなど、大学との関わりは続いた。郷里の内子町からも名誉町民の称号を贈られている。

1987年5月17日、脳梗塞のため88歳で逝去。米田の命日は「吉盛忌（きっせいき）」と呼ばれ、毎年この日には神奈川大学関係者が横浜市日野公園墓地に集まり、その遺徳を偲んでいる。生誕地である愛媛県内子町には、「創立者米田吉盛胸像」が設置され、地元小学生のアイデアによる「きずな公園」として整備されている。

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