米田栄作

広島県広島市に生まれた詩人、米田栄作（1908-2002）は、戦後の日本において、原爆を主要なテーマとした作品で知られる存在です。本名は米田 栄（さかえ）といいます。

詩作の開始と初期活動

米田は、広島市商業学校に在学していた頃から詩作を始めました。その後、広島南方詩人協会や三角州（デルタ）詩人連盟といった地元の詩人団体を結成する活動に携わり、『日本詩人』や『椎の木』などの詩誌に参加しました。1937年には初めての詩集となる『鳩の夜』を発表しましたが、間もなく詩作から一時的に離れることになります。

被爆体験と詩作再開

米田の人生と詩作に決定的な影響を与えたのは、1945年8月6日の広島での被爆体験です。彼はこの出来事により、両親と三男という家族を失い、自身も右目を失明する重傷を負いました。

原爆によって廃墟と化した故郷は、その後に襲来した枕崎台風や阿久根台風によってさらなる被害を受けますが、米田は荒廃した街を流れる川が、台風を経てむしろ美しく蘇った光景を目の当たりにします。この経験が、再び詩の世界へと彼を導くきっかけとなりました。彼は、惨状の中でも確かに存在する生命の力や再生への希望を、詩で表現しようと決意したのです。

戦後の活動と代表作

詩作を再開した米田は、1948年に峠三吉らと共に広島詩人協会を設立します。この協会では、「広島であってこそ出来る仕事」という「ヒロシマ派」の文学運動を提唱し、被爆地としての経験に基づく独自の詩の創造を目指しました。

1951年には、被爆後の広島の川の再生をテーマにした第2詩集『川よ とはに美しく』を広島で発表します。翌年には、内容を増補した『川よ とわに美しく』が東京で刊行され、この作品が彼の名を広く知らしめることとなりました。特に増補版は、室生犀星や百田宗治といった著名な詩人からも賛辞が寄せられています。この詩集は日本国内にとどまらず、海外にも影響を与え、ロシアの作曲家アルフレート・シュニトケは、彼のオラトリオ「長崎」（1958年）の中で、米田の詩「荒廃に立ちて」と「川よ とわに美しく」のロシア語訳を使用しました。

経営と詩作の両立

米田栄作は、詩人であると同時に、父が築いた建材店を株式会社に成長させた経営者でもありました。多忙な経営の傍らで、彼は詩作への情熱を持ち続け、『未来にまでうたう歌』（1955年）、『八月六日の奏鳴』（1961年）といった詩集を発表します。『八月六日の奏鳴』は、当時のインド首相ネルーにも届けられたといいます。

後年には、初期の詩を再録した『不一の花々』（1973年）や、主要な詩集をまとめた合本『広島不虚』（1973年）、そして最後の詩集となった『デルタ曼陀羅 素吟』（1992年）などを刊行しました。1967年には広島詩人協会長に就任し、地域の詩壇を牽引しました。

音楽作品への影響

米田の詩は、その普遍的なテーマ性から多くの作曲家によって音楽作品の歌詞として用いられました。カンタータ、交響詩、合唱組曲など、様々な形で彼の詩が音楽化されており、中にはレコードやCDとして出版されたものもあります。特に三枝成彰作曲の合唱組曲「川よ とわに美しく」は芸術祭優秀賞を受賞し、「日本の合唱作品100選」にも選ばれるなど、広く親しまれています。

米田栄作は2002年8月5日に肺炎のため逝去しましたが、彼の詩は、被爆地広島の魂を代弁し、戦争の悲惨さと平和への強い願いを後世に伝え続けています。

主な詩集

『鳩の夜』（1937年）
『川よ とはに美しく』（1951年）
『川よ とわに美しく』（1952年）
『未来にまでうたう歌』（1955年）
『八月六日の奏鳴』（1961年）
『不一の花々』（1973年）
『広島不虚』（1973年）
『デルタ曼陀羅 素吟』（1992年）

彼の作品は、被爆体験という個人的な悲劇を超え、人間の尊厳と生命の再生を希求する普遍的なメッセージとして、今なお多くの人々に読まれ、歌い継がれています。

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