絁

絁（あしぎぬ）とは

絁（あしぎぬ）は、古代日本において生産された絹織物の一種です。この織物は、単なる布としてだけでなく、当時の社会において重要な役割を果たしていました。具体的には、交換手段として、税の対象として、あるいは官人や僧侶への給与や賜り物として利用され、さらには制服の材料としても用いられました。

絁の語源と特徴

『日本書紀』における和訓では「ふとぎぬ」とされており、『和名類聚抄』では「あしぎぬ」と記されています。また、『令義解』には「（糸の）細きを絹と為し、麁きを絁と為す」という記述があります。この記述から、一般的には、絁は大陸から伝わった精巧な絹に対して、国産の太くて粗い糸を用いて織られた、現代の紬に似た平織りの織物であると考えられています。

しかし、律令法において最高級の絹織物とされた美濃絁（みののあしぎぬ）の存在や、正倉院に現存する絹と絁を比較した際、品質に大きな差が見られないことから、この通説には疑問が呈されています。奈良時代には、絹と絁の品質差がなくなっていた可能性も指摘されており、絁の具体的な製法や品質については、まだ議論の余地が残されています。

正倉院に伝わる絁

正倉院には、少なくとも45点もの調として納められた絁が現存しています。これらの絁は、当時の日本の織物技術や社会経済状況を研究する上で、非常に貴重な資料となっています。

研究者である尾形充彦は、これらの絁を分析し、特に品質が良いとされる5点を特定しました。それは、越前国から天平15年（743年）に納められた絁、伊豆国から天平勝宝7歳（755年）に納められた絁、播磨国から納められた時期不明の絁、阿波国から天平4年（732年）に納められた絁、そして天平20年（748年）に納められたものの、納入国が不明の絁です。また、遠江国から天平15年（743年）に納められた黄絁は、唯一の完全な未使用品として現存しています。

一方で、丹後国から天平11年（738年）に納められた絁については、尾形は品質が低いと評価していますが、森克己は「比較的高度な織技術」が用いられているとし、京都工芸繊維大学の布目順郎も上等品であると評価しています。このように、絁の品質評価については、研究者の間でも見解が分かれています。

絁の復元

1994年から1997年にかけて、宮内庁正倉院事務所と川島織物が共同で、皇后から下賜された小石丸繭を用いて、正倉院に伝わる調の絁10点の模造品を製作しました。そのうち1反は、与謝野町の牛田織物会長・牛田宏によって、丹後ちりめんの発展を願って正倉院に奉納されました。この復元された絁は、500年後に一度開封される予定です。この復元プロジェクトは、古代の織物技術を現代に蘇らせる試みとして、大きな意義を持っています。

参考文献

尾形充彦「裂地としてみた正倉院の調絁について」（PDF）『正倉院紀要』第21号、宮内庁正倉院事務所、1999年3月、1-30頁、ISSN 13431137。
尾形充彦「現代に甦る正倉院染織」『日本シルク学会誌』第16巻、日本シルク学会、2007年、118-121頁、CRID 1390001205272812288、doi:10.11417/silk.16.118、ISSN 18808204。
森克已「繭(小石丸)を用いた正倉院裂の復元模造」（PDF）『正倉院紀要』第27号、宮内庁正倉院事務所、2005年3月、1-46頁、ISSN 13431137。

関連項目

弥栄あしぎぬ温泉

脚注

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