耕雲本

耕雲本：源氏物語本文系統における位置づけと特徴

室町時代中期、花山院長親（耕雲）が足利義持将軍に献上したとされる源氏物語の写本、およびその写本を基にした本文系統を『耕雲本』と呼びます。かつては青表紙本、河内本と並ぶ、独立した本文系統の一つとして考えられていましたが、近年の研究により、その実態が明らかになり、現在では異なる理解がされています。

耕雲本の従来の理解と新たな解釈

古くからの注釈書『明星抄』では耕雲本を「青表紙本でもなく、河内本でもない」と記述しており、この記述は後の研究にも大きな影響を与えました。池田亀鑑の『源氏物語系統論序説』なども、耕雲本を青表紙本、河内本と並ぶ本文系統として位置づけており、さらなる研究の必要性を指摘していました。

しかし、高松宮家本などの耕雲本系統とされる写本の本文を詳細に分析した結果、その実態が明らかになりました。巻によっては青表紙本系統、また別の巻では別系統、そして多くの巻が河内本系統という結果です。このことから、現在の研究では、耕雲本は独立した系統ではなく、河内本を主体とする複数の系統を組み合わせた本文、もしくは河内本の一系統と理解されています。松風は青表紙本系統、宇治十帖の橋姫、宿木、東屋、浮舟、蜻蛉、手習、夢浮橋は別本系統、その他は河内本系統という構成です。

耕雲本の独自性：巻末の跋歌と奥書

耕雲本は、各巻の巻末に耕雲による跋歌と署名があることを特徴としています。この跋歌は、巻名にちなんだ歌であり、耕雲本独自の文化的価値を示しています。しかし、全ての巻に跋歌と署名があるわけではなく、例えば『帚木』、『若菜下』には跋歌がなく、「本云此巻無耕雲之歌」と記されています。

また、奥書の署名も巻によって、あるいは同じ巻でも写本によって異なっている点が注目されます。この差異が生じた原因は未だ解明されていませんが、写本の伝播過程や、複数の人物が写本作成に関わった可能性などが考えられます。興味深いのは、巻名や巻序に関する記述です。『若菜下』や『雲隠』は古い時代の巻序に現れるものですが、『貌鳥』や『法の師』はあまり例がなく、寺本直彦の説では、かつて『宿木』巻の後半が『貌鳥』、『夢浮橋』巻の後半が『法の師』という別の巻だったという仮説の根拠として挙げられています。

主要な伝本

耕雲本とされる写本としては、高松宮家本、金子本、冷泉為清筆本、曼殊院本、上野図書館蔵本（蜻蛉巻のみ）、伝二条為氏筆（薄雲・朝顔）、保坂潤治旧蔵本（現天理図書館蔵）などが知られています。これらの写本は、本文だけでなく、跋歌や奥書などの点からも重要な研究資料となっています。冷泉為清筆本は五四帖揃い本ですが、若菜上下、総角、東屋、夢浮橋の五帖は別筆（青表紙本）で、帚木、葵には別人の加筆（青表紙本）が見られます。桐壺、帚木、空蝉、葵、薄雲、初音、藤袴、橋姫、早蕨には耕雲の跋歌と署名がありません。

結論

耕雲本は、かつて独立した本文系統と見なされていましたが、現在では河内本を基盤とした複数の系統を組み合わせた本文、もしくは河内本の一系統であると理解されています。しかしながら、巻末の跋歌や奥書、そして様々な伝本の存在は、耕雲本が源氏物語研究において、依然として重要な位置を占めていることを示しています。今後の研究では、これらの写本の詳細な比較検討を通して、耕雲本成立の経緯や本文の変遷を解明していくことが求められます。

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