花山院長親

花山院長親（かさんのいん ながちか）は、南北朝時代から室町時代にかけて生きた公卿であり、同時に学者、歌人、そして禅僧という多才な人物でした。大納言・花山院師賢を祖父に、内大臣・花山院家賢を父に持ち、母は歌人として知られる「花山院長親母」です。彼は南朝に仕えた後、出家して子晋明魏（ししんみょうぎ）と号し、4代将軍・足利義持から厚遇を受けました。耕雲（こううん）という別号でも広く知られています。

南朝での活躍と出家

正平21年/貞治5年（1366年）、20歳で父と兄を相次いで亡くし、家督を継承しました。南朝での官歴は不明な点が多いものの、正平20年/貞治4年（1365年）には五位に叙され、その後公卿として三位中将、左大弁を兼任しました。建徳2年/応安4年（1371年）には中納言に昇進し、まもなく文章博士と准儒の宣旨を受けました。天授元年/永和元年（1375年）には左衛門督に任じられ、天授2年/永和2年（1376年）には大納言、弘和元年/永徳元年（1381年）には右近衛大将を兼任しました。元中6年/嘉慶3年（1389年）以前には内大臣にまで至り、これが彼の最高位であったと考えられます。

南朝での事績は詳しくわかっていませんが、学芸と歌道の才能によって後村上天皇や長慶天皇、宗良親王からの信頼を得ました。正平20年（1365年）の『内裏三百六十首歌』、建徳2年（1371年）の『三百番歌合』、天授元年（1375年）の『五百番歌合』など、数々の和歌会で歌を詠んでいます。天授2年（1376年）に企画された『千首和歌』のメンバーに選ばれましたが、一度は病気を理由に辞退、翌年に詠進し、宗良親王から高い評価を受けました。また、宗良親王を補佐し、准勅撰集『新葉和歌集』の撰定にも尽力し、自身も25首が収録されています。この頃の歌風は、二条派のスタイルから離れて、本歌取りや掛詞などの技法を巧みに使い、観念的な新古今調を目指したものが多く見られます。

南朝末期には吉野を離れ、各地を流浪していたとされています。元中9年/明徳3年（1392年）の南北朝合一以前に京都に上洛し、妙光寺で出家、臨済宗法燈派の僧である聖徒明麟に師事して子晋明魏と号しました。応永2年（1395年）には東山如住院に移り、同5年（1398年）にはその近くに耕雲庵を建て、南禅寺の塔頭としました。この庵号から耕雲とも呼ばれるようになりました。また、明麟が開いた禅栖院にも住みながら、『両聖記』『霊巌寺縁起』『衣奈八幡宮縁起』などの著作を著しました。

室町幕府での活躍と晩年

長親の歌人としての名声は京都でも高く、やがて足利将軍の歌道師範となります。応永14年（1407年）12月には足利義満の十首歌に批点を加え、翌15年（1408年）3月には歌論書『耕雲口伝』を執筆しました。応永18年（1411年）には大内盛見に『古今集』を講じ、同20年（1413年）には4代将軍足利義持に『孟子』を進講しました。応永21年（1414年）には、足利義持の命で冷泉為尹や宋雅と共に北野社十五首歌を詠進し、同年冬には足利満詮邸で「七百番歌合」（現存せず）の判者を務めました。

この頃から足利義持が亡くなる応永35年（1428年）まで、長親は厚遇を受け、奈良や天橋立への遊覧、北野、男山、清水寺への参詣にしばしば同行しました。応永25年（1418年）9月の伊勢参宮に同行した際の紀行文が『耕雲紀行』です（翌春に執筆）。その他にも、応永26年（1419年）には伏見宮貞成親王の仙洞歌会や歌合に参加し、同29年（1422年）には『日御碕社造営勧進記』を執筆、同32年（1425年）頃には正徹とも親交を結ぶなど、晩年まで幅広い活動を続けました。

正長2年（1429年）7月10日に83歳で亡くなったとされています。これは『薩戒記目録』の同日条に「耕雲菴主明魏入滅事」とあることからわかります。最期の場所については、遠江国耕雲寺説や上野国妙義山説もありましたが、晩年に地方へ下ったとする資料がなく、京都東山の耕雲庵で亡くなったとする説が有力です。南朝の臣であったにもかかわらず、学芸をもって武家の知遇を得、五山文学のような厳格な世界にも属さず、世俗と交わりながら安穏な後半生を送りました。晩年の歌風は、新古今調のものが少なく、二条派の枠組みの中で自身の境遇を織り込んだ懐旧的な歌が多いです。『新続古今和歌集』には「明魏法師」として6首が選ばれています。

多岐にわたる著作

長親の学芸への造詣は、和歌、源氏学、宋学など多岐にわたり、今日に伝わる著作も数多く存在します。

『耕雲千首』（1377年）: 『天授千首』の一部で、長親自身による奥書が残る貴重な資料。
『霊巌寺縁起』（1394年）: 霊巌寺の創建に関する縁起。
『両聖記』（1394年）: 渡唐天神伝説に関する最も古い文献として知られています。
『耕雲歌巻』（1395年以前）: 長親の歌と序文、跋歌を収めた私家集。
『衣奈八幡宮縁起』（1402年）: 長親と聖徒明麟、法燈派のつながりを示す重要な資料。
『耕雲口伝』（1408年）: 歌論書で、禅学や宋学の影響が見られます。
『耕雲聞書』（1411年）: 大内盛見に『古今和歌集』を講じた際の記録。
『倭片仮字反切義解』（応永期前半？）: 仮名の反切法を解説した語学書（偽書説もあり）。
『耕雲百首』（1414年頃）: 足利義持の命で詠進された和歌集。
『七百番歌合序』（1415年）: 「七百番歌合」の序文。
『源氏最要抄』（1416年）: 『源氏小鏡』を基にした『源氏物語』の梗概書。
『和漢字源通釈抄』（1416年）: 『源氏物語』の難語を解説した注釈書。
『耕雲紀行』（1419年）: 伊勢参宮の紀行文。
『日御碕社造営勧進記』（1422年）: 日御碕神社造営のための勧進文。

その他にも、『源氏物語』や『仙源抄』の書写、また『御成敗式目追加』や『源経氏歌集』に加点した記録が残されています。

系譜と伝説

花山院長親の系譜は以下の通りです。

父: 花山院家賢（1326?-1366）
母: 某女（1326頃-?） - 新葉集作者の「右近大将長親母」
兄弟姉妹: 花山院長賢、花山院師兼、簡中元要
妻: 不詳
子: 某 - 夭逝
男子: 伯厳殊楞 - 万寿寺・南禅寺両住持
男子: 宗意 - 聖無動院
男子?: 弘継（1372-1437） - 東寺長者
* 男子?: 定意 - 東寺長者

軍記物『後太平記』には南朝の武将としても登場し、元中5年/嘉慶2年（1388年）には楠木正勝と共に足利義満を奇襲しようとしたが、河内国平尾で敗北したという伝説も残されています。

花山院長親は、激動の時代を生きた多才な人物として、後世に大きな影響を与えました。

もう一度検索