聖母マリアの夕べの祈り

聖母マリアの夕べの祈り (Vespro della Beata Vergine)

クラウディオ・モンテヴェルディによって作曲された「聖母マリアの夕べの祈り」(Vespro della Beata Vergine; SV 206, 206a)は、カトリック教会の聖務日課の一部である晩課を元にした教会音楽作品です。演奏には90分を要し、ソロ、合唱、オーケストラが必要となる大規模な作品であり、バッハ以前の教会音楽では最大規模のものと考えられています。

歴史と背景

この作品は、モンテヴェルディにとって初めての宗教音楽であり、彼自身が提唱した「第一作法」と「第二作法」を融合させた作曲技法が用いられています。1610年7月には、ニコラ・ゴンベールのモテットをパロディとした6声のミサ《In illo tempore loquante Jesu》と共に楽譜が出版されました。作曲の動機は現在も明確には分かっておらず、音楽学者たちの間で議論が続いています。

グラハム・ディクソンは、この作品が晩課よりも聖バルバラ殉教日（12月4日）のために書かれた可能性を指摘しています。その根拠として、雅歌のテキストが他の女性聖人にも関連付けられる点、そしてマリアについて歌われた箇所を他の女性聖人の名前に容易に置き換えられる点を挙げています。モンテヴェルディは、この作品を晩課のための音楽として制作することで、より広い聴衆への訴求を目指したとも考えられます。

この曲は、モンテヴェルディがマントヴァ宮廷の楽長を務めていた1610年にヴェネツィアで出版されました。しかし、モンテヴェルディ自身がどちらの都市で演奏したという確実な記録は残っていません。この作品は、ヴェネツィアやローマでの職を得るためのオーディションのために書かれた可能性も指摘されています（モンテヴェルディは1613年にサン・マルコ寺院の楽長に就任しました）。

構成と特徴

この作品は、大規模な合唱団（最大10声）と、7つの異なるソロパートを歌うことができる少人数の合唱隊を必要とします。ヴァイオリンとコルネットにはソロパートが指定されているものの、リピエーノの楽器については指定されていません。さらに、モンテヴェルディは各詩篇の前に挿入されるべき単旋律聖歌のアンティフォナ（交唱）を指定していません。これにより、演奏者はその時々に応じて器楽作品などを選択することができます。この選択の自由は、マニフィカトに2つの版が存在することからも窺えます（一つの版はより小規模なグループでも演奏可能です）。これらの点から、この作品が常に全曲を通して演奏されることを想定していたのではなく、個々の楽曲が独立して演奏されることも意図していたと考えられます。

モンテヴェルディ独自のアプローチは高く評価されており、その音楽は記念碑的な規模の壮麗さと、世俗的な要素を取り入れながらも祈りの焦点を失わない深遠さを兼ね備えています。グレゴリオ聖歌を定旋律として用いることで、作品全体の統一感を生み出すことに成功しています。

各曲の構成

1. 先唱と応唱 (詩篇69:1): 6声の合唱と合奏。『オルフェオ』序曲からの転用。
2. 詩篇: Dixit Dominus (詩篇110): 6声の合唱と合奏
3. モテット: Nigra sum (雅歌): テノールソロ
4. 詩篇: Laudate pueri Dominum (詩篇113): 8声の合唱と通奏低音
5. モテット: Pulchra es (雅歌): 二重唱
6. 詩篇: Laetatus sum (詩篇122): 6声の合唱
7. モテット: Duo Seraphim (イザヤ書 6:2-3; ヨハネの手紙一 5:7): 二重唱からの三重唱。二人の天使が呼び交わすさまが二重唱で開始され、テキストが進むにつれて3人目のソロが加わり、三位一体を歌います。
8. 詩篇: Nisi Dominus (詩篇127): 10声の合唱
9. モテット: Audi coelum: 二人のテノールソロによる歌い交わしからの6声の合唱
10. 詩篇: Lauda Jerusalem (詩篇147): 2群の3声合唱とテノールの定旋律
11. ソナタ: sopra Santa Maria Sancta Maria, ora pro nobis: 合奏と斉唱
12. 賛歌: Ave maris stella: 2群の合唱とソロ
13. Magnificat Ⅰ: 7声の合唱と合奏
14. Magnificat Ⅱ: 6声の合唱

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