若尾逸平

若尾逸平：甲州財閥を支えた実業家・政治家の生涯

若尾逸平(1821-1913)は、日本の近代経済史において重要な役割を果たした実業家、銀行家、そして政治家です。山梨県を拠点に活躍し、根津嘉一郎や雨宮敬次郎らとともに「甲州財閥」と呼ばれるグループの中核を担いました。その生涯は、一介の百姓の息子から、莫大な富を築き、地方社会の発展に貢献する指導者へと上り詰めた、まさに波瀾万丈の物語です。

草莽から起業家へ：生糸貿易と製糸業

山梨県南アルプス市に百姓の家に生まれた逸平は、青年期に江戸に出て材木奉行に仕えたものの、志を果たせず郷里に戻ります。22歳の時、桃の行商から始めた彼の商才は、やがてタバコ、真綿などの産物を扱い、甲府や江戸まで商圏を広げるほどに開花しました。行商の苦労を経験しながらも、持ち前の胆力と商才で着実に財を築いていきます。

巨摩郡小笠原村の質屋に婿養子として入り、経営再建に成功しますが、家庭の事情により独立。その後、甲府で織物・生糸の仲卸業を始めると、横浜で外国人相手に生糸や水晶の貿易を行い巨額の利益を得ます。さらに、甲州島田糸の製造機械を改良した「若尾式機械」を発明し、製糸業にも参入。多くの工女を雇用し、近代的な製糸工場を運営しました。しかし、大小切騒動や普仏戦争による生糸価格暴落により製糸業から撤退、弟の幾造に財産を分与し、横浜で独立させた弟は、生糸問屋を営み、若尾財閥の一角を担うことになります。

甲州財閥と公共事業への投資

明治維新後、逸平は莫大な資金を株取引に投入し、1878年には若尾両替店を開業。銀行業務に乗り出し、第十国立銀行の設立にも参画、取締役に就任します。山梨県政財界に大きな影響力を持つ一方、県令藤村紫朗や第十国立銀行頭取栗原信近らとの間で、殖産興業政策をめぐって対立することもありました。第十国立銀行総会では、興産社の経営問題において、栗原を追い落とし、佐竹作太郎を頭取に据えるなど、辣腕を振るいました。

逸平は「株を買うなら『明かり』と『乗り物』」という信念に基づき、東京馬車鉄道や東京電燈（後の東京電力）を買収。公共事業への投資を通じて、近代日本のインフラ整備に貢献しました。郷里である山梨県内でも、釜無川に開国橋を架けるなど、交通基盤整備や発電所建設に積極的に投資。社会貢献にも力を注ぎました。

政治家としての活動と晩年

1889年、甲府市制施行に伴い初代市長に就任。翌年には貴族院多額納税者議員に選出され、山梨県初の貴族院議員となりました。貴族院議員として鉄道敷設法の成立に尽力し、中央線の開通に貢献しました。

88歳を迎えた際には、甲府愛宕山麓に銅像が建てられ、その周辺は「若尾公園」として市民に親しまれる憩いの場となりました（後に山梨英和学院の敷地となる）。90歳まで漢籍を学び続け、晩年は碁を打つ生活を送ったといいます。1913年、92歳で死去。葬儀には1万5千人が参列し、中央線には臨時列車が運行されたほどでした。

若尾家の興亡

若尾家は、逸平の死後も養子を通じて甲州財閥の中核として栄え続けました。二代民造は甲府連隊の誘致に尽力し、三代謹之助は郷土研究や「山梨県志」の編纂事業を推進するなど、文化面での貢献も果たしました。しかし、昭和恐慌の影響などにより、1930年代に没落しました。

逸話と影響

山一證券の創業者・小池国三は逸平に師事しており、独立の際に若尾家の家紋「山に一」を社章とし、後に社名としたという逸話が残っています。若尾逸平の生涯は、近代日本における地方経済の発展、そして公共事業への貢献を象徴する存在として、今もなお語り継がれています。彼の功績は、山梨県の歴史、そして日本の近代化に深く刻まれています。

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