英霊の聲

『英霊の聲』の概要

三島由紀夫の短編小説『英霊の聲』は、二・二六事件における青年将校と大東亜戦争の特攻隊員たちの霊がテーマです。物語の中で、彼らは天皇の人間宣言に対して失望と憤りを抱き、その声を伝えようとします。作品の中心には、青年将校・磯部浅一の獄中日記や河野司による二・二六事件の研究があり、これらが三島の創作に影響を与えました。作品は、1966年に文芸雑誌『文藝』に掲載された後、同年6月30日に単行本として出版され、さらにその後の評論活動にも影響を与える重要な位置づけとなっていました。

内容の詳細

物語は、木村先生が主宰する「帰神の会」に参加している「私」が主人公となり、そこで目にした出来事を忠実に記録する形式で進行します。霊媒師として登場する川崎重男が、次々と霊に憑依される様子が描かれ、神風特攻隊や二・二六事件の将校たちの霊がその存在を強く主張している点が特徴です。

特に物語の中で繰り返される「などてすめろぎは人間となりたまひし」というフレーズは、昭和天皇に向けられた問いかけであり、彼らの悲しみと怒りが一層深まる象徴的な文言です。このように、彼らの霊は失われた名誉や存在意義を求め、苦悶し続けています。

構成と形式

『英霊の聲』は、能の修羅物の形式に則り、2場6段から成る独特の構成を持っています。第一場では、序の段、破の段、急の段という流れがあり、それぞれの段で霊媒師や登場人物たちが存在感を放ちながら進みます。効果的な対話と聖なる呪詛のリズムによって、物語は緊張感を保っていきます。

作品の意義と背景

三島はこの作品を通じて、二・二六事件の裏切りやそれに対する反発心を反映させたかったと言います。作品が描き出すのは、戰争によって引き裂かれた日本の精神であり、これにより彼の後の作品、特に『文化防衛論』へとつながっていきます。

『英霊の聲』は、三島が抱えていた日本文化への愛情や精神的な復権の試みを凝縮した作品と言え、特攻隊員たちの誇りや苦悩が作者によって代弁されています。

文壇の反響

作品は、多くの評論から様々な評価を受けています。イデオロギー的な側面が強調される一方で、三島の美的感覚や情熱が少なからず共感を呼び起こしました。戦後日本における三島の位置づけや、彼の思想がいかにして影響を与えたのか、今なお考察され続けています。

死と霊媒の交錯

物語の末尾では、霊媒師・川崎重男が死に至る瞬間において、その表情が一つの「曖昧な顔」に変わっていく様子が描かれています。この点は、彼自身の存在が神聖なものとされる天皇に重なり、三島自身の死生観や精神的な探求を象徴しています。彼が最後に目指したものは、まさにこの神聖と非神聖の境界を踏み越えることであったのかもしれません。

数十年後もなお、作品はさまざまな解釈の中で生き続け、三島由紀夫の文学における重要な一章を形成しています。彼が描いた英霊たちの声は、単なる個々の物語の枠を超え、現在を生きる我々にも問いかけるものがあります。

もう一度検索