草軽電気鉄道
草軽電気鉄道は、かつて長野県の避暑地として名高い軽井沢と、群馬県の温泉地である草津温泉の間を結んでいた鉄道路線、およびその運営を担った事業者です。正式には軽便鉄道に分類され、全長55.5キロメートル、軌間762ミリメートルという狭い線路幅が特徴でした。新軽井沢駅から草津温泉駅までの間に合計21の駅が設置され、電化区間は全線直流600ボルトで運行されていました。
古来より名湯として名高い草津温泉ですが、明治時代後半まで交通網の整備は十分に進んでいませんでした。草軽電気鉄道は、スイスの登山鉄道からヒントを得て計画され、軽井沢から草津、そして浅間山麓の高原地域への交通手段を提供することを目的として建設が始まりました。大正時代の1914年から1926年にかけて、段階的に開業が進められました。開業時には、その開通を祝う歌まで作られるほど、地域からの期待が寄せられていました。
その後、1923年には沿線に発電所建設を計画していた吾妻川電力の傘下に入り、同社の主導により積極的な経営路線へと舵を切ります。社名変更、電化工事の推進、草津温泉への延伸、さらには自動車事業や電気事業への進出など、事業の多角化を図りました。これに伴う資金調達のため、増資や社債の発行も実施されました。この時期には、法政大学学長を務めていた松室致が、自らの別荘が鉄道の火の粉で火災に遭った一件から会社と関わりを持ち、広大な土地を寄付するなど、資金面での大きな支援を行いました。
しかし、期待とは裏腹に利用者は伸び悩み、政府の補助金をもってしても赤字経営から脱却できませんでした。配当は途中で停止され、発行された社債も債務不履行に陥るなど、経営は深刻な状況が続きました。社債の償還日も度々延期され、最終的には長期にわたる支払猶予を余儀なくされました。
建設費用を可能な限り抑える方針が取られたため、路線の設計には多くの急カーブやスイッチバックが存在し、山岳地帯を走るにもかかわらずトンネルは一本も掘られませんでした。特に急勾配区間では、ブレーキ操作が非常に難しかったといいます。さらに、線路の安定に不可欠なバラストが十分に敷かれていない区間も存在しました。こうした低規格ゆえに、全長55.5キロメートルを走破するには2時間半から3時間もの時間を要する、非常にゆっくりとした運行でした。
この路線は単に旅客を運ぶだけでなく、重要な物流ルートとしての役割も担いました。草津温泉への食料品をはじめ、沿線の嬬恋村、六合村、長野原町の農産物、そして草津白根山周辺で採掘される硫黄鉱石などを運び出し、地域経済を支えました。このため、多くの定期旅客列車には貨車が連結された、いわゆる貨客混合列車として運行されていました。第二次世界大戦末期には硫黄の産出量がピークを迎えていたこともあり、草軽電気鉄道の貨物輸送量も最大となりました。また、この時期には出征兵士の輸送にも利用されました。
高原地帯を縫うように走るその姿は、多くの人々に「高原列車」として親しまれました。1951年に公開された日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』にも登場し、その情景が今なお映像に残されています。
しかし、時代が進みモータリゼーションが到来すると状況は一変します。1935年頃から国鉄バスなど高速で輸送力の大きいバスが登場し、草軽電気鉄道の競争力は相対的に低下しました。決定打となったのは、1945年の国鉄長野原線（現在のJR吾妻線）開業です。草津温泉へのアクセスが国鉄経由で可能になると、利用者は一気に国鉄へと流れました。さらに1947年には政府補助金も廃止され、経営を圧迫します。そして、度重なる自然災害が追い打ちをかけました。特に1959年の台風により吾妻川橋梁が再び流失したことは、鉄道事業継続を困難にする決定的な要因となりました。
最盛期に比べ利用者は激減し、地域住民や自治体による存続運動も実を結ばず、鉄道事業は段階的に廃止されることとなりました。1960年にまず新軽井沢駅から上州三原駅の間が廃止され、残る区間も1962年にその歴史に幕を下ろしました。
軽井沢・草津間では、当時様々な事業を展開していた東急グループと西武グループが、交通や観光開発を巡って競争を繰り広げていました。草軽電気鉄道は1945年に東急グループの傘下に入りますが、この頃には既に西武グループがバス路線や別荘開発で先行しており、地域での影響力を強めていました。モータリゼーションの進展により、運行頻度が高く高速なバスへの利用者のシフトは避けられず、最終的には東急側が不採算となった鉄道事業を廃止し、バス事業である草軽交通によってこの地域の交通を担うことになります。
草軽電気鉄道が所有していた車両も個性豊かでした。特徴的なL字型の車体と高く張り出したパンタグラフから「カブトムシ」の愛称で親しまれたデキ12形電気機関車は、その姿が記憶に残されています。また、モハ100形電車や様々な出自の客車、貨車が活躍しました。特に夏季に運行された、開放的な展望客車「しらかば」や、シラカバ材で飾られ浅間山の風景画が描かれた「あさま」といったユニークな車両は、避暑客に大変な人気を博しました。これらの車両の一部は、廃止後に栃尾電鉄や静岡鉄道といった他社に譲渡され、新たな地で活躍を続けました。
鉄道路線としての役目を終えた後も、その痕跡は現在に残されています。旧線路跡が道路として利用されている区間や、鉄橋の橋脚、そして国の登録有形文化財となっている旧北軽井沢駅舎などが、当時の賑わいを今に伝えています。また、軽井沢駅前にはデキ12形電気機関車（13号機）が、草軽交通本社には有蓋緩急車コワフ104がそれぞれ静態保存されており、その姿を見ることができます。旧北軽井沢駅舎には、原寸よりやや大きめのデキ12形模型も展示されています。
草軽電気鉄道は、そのユニークな歴史と景観から、前述の『カルメン故郷に帰る』の他にも、『路上の霊魂』『善魔』など、複数の映画作品に登場しています。特に『善魔』では栗平駅が登場するなど、貴重な映像記録としてもその存在が残されています。
軽井沢と草津温泉を結び、高原を走り抜けた小さな鉄道は、厳しい経営や自然災害との闘いを経て姿を消しましたが、その記憶は遺構や保存車両、そして現在も地域交通を支える草軽交通へと引き継がれています。
古来より名湯として名高い草津温泉ですが、明治時代後半まで交通網の整備は十分に進んでいませんでした。草軽電気鉄道は、スイスの登山鉄道からヒントを得て計画され、軽井沢から草津、そして浅間山麓の高原地域への交通手段を提供することを目的として建設が始まりました。大正時代の1914年から1926年にかけて、段階的に開業が進められました。開業時には、その開通を祝う歌まで作られるほど、地域からの期待が寄せられていました。
その後、1923年には沿線に発電所建設を計画していた吾妻川電力の傘下に入り、同社の主導により積極的な経営路線へと舵を切ります。社名変更、電化工事の推進、草津温泉への延伸、さらには自動車事業や電気事業への進出など、事業の多角化を図りました。これに伴う資金調達のため、増資や社債の発行も実施されました。この時期には、法政大学学長を務めていた松室致が、自らの別荘が鉄道の火の粉で火災に遭った一件から会社と関わりを持ち、広大な土地を寄付するなど、資金面での大きな支援を行いました。
しかし、期待とは裏腹に利用者は伸び悩み、政府の補助金をもってしても赤字経営から脱却できませんでした。配当は途中で停止され、発行された社債も債務不履行に陥るなど、経営は深刻な状況が続きました。社債の償還日も度々延期され、最終的には長期にわたる支払猶予を余儀なくされました。
建設費用を可能な限り抑える方針が取られたため、路線の設計には多くの急カーブやスイッチバックが存在し、山岳地帯を走るにもかかわらずトンネルは一本も掘られませんでした。特に急勾配区間では、ブレーキ操作が非常に難しかったといいます。さらに、線路の安定に不可欠なバラストが十分に敷かれていない区間も存在しました。こうした低規格ゆえに、全長55.5キロメートルを走破するには2時間半から3時間もの時間を要する、非常にゆっくりとした運行でした。
この路線は単に旅客を運ぶだけでなく、重要な物流ルートとしての役割も担いました。草津温泉への食料品をはじめ、沿線の嬬恋村、六合村、長野原町の農産物、そして草津白根山周辺で採掘される硫黄鉱石などを運び出し、地域経済を支えました。このため、多くの定期旅客列車には貨車が連結された、いわゆる貨客混合列車として運行されていました。第二次世界大戦末期には硫黄の産出量がピークを迎えていたこともあり、草軽電気鉄道の貨物輸送量も最大となりました。また、この時期には出征兵士の輸送にも利用されました。
高原地帯を縫うように走るその姿は、多くの人々に「高原列車」として親しまれました。1951年に公開された日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』にも登場し、その情景が今なお映像に残されています。
しかし、時代が進みモータリゼーションが到来すると状況は一変します。1935年頃から国鉄バスなど高速で輸送力の大きいバスが登場し、草軽電気鉄道の競争力は相対的に低下しました。決定打となったのは、1945年の国鉄長野原線（現在のJR吾妻線）開業です。草津温泉へのアクセスが国鉄経由で可能になると、利用者は一気に国鉄へと流れました。さらに1947年には政府補助金も廃止され、経営を圧迫します。そして、度重なる自然災害が追い打ちをかけました。特に1959年の台風により吾妻川橋梁が再び流失したことは、鉄道事業継続を困難にする決定的な要因となりました。
最盛期に比べ利用者は激減し、地域住民や自治体による存続運動も実を結ばず、鉄道事業は段階的に廃止されることとなりました。1960年にまず新軽井沢駅から上州三原駅の間が廃止され、残る区間も1962年にその歴史に幕を下ろしました。
軽井沢・草津間では、当時様々な事業を展開していた東急グループと西武グループが、交通や観光開発を巡って競争を繰り広げていました。草軽電気鉄道は1945年に東急グループの傘下に入りますが、この頃には既に西武グループがバス路線や別荘開発で先行しており、地域での影響力を強めていました。モータリゼーションの進展により、運行頻度が高く高速なバスへの利用者のシフトは避けられず、最終的には東急側が不採算となった鉄道事業を廃止し、バス事業である草軽交通によってこの地域の交通を担うことになります。
草軽電気鉄道が所有していた車両も個性豊かでした。特徴的なL字型の車体と高く張り出したパンタグラフから「カブトムシ」の愛称で親しまれたデキ12形電気機関車は、その姿が記憶に残されています。また、モハ100形電車や様々な出自の客車、貨車が活躍しました。特に夏季に運行された、開放的な展望客車「しらかば」や、シラカバ材で飾られ浅間山の風景画が描かれた「あさま」といったユニークな車両は、避暑客に大変な人気を博しました。これらの車両の一部は、廃止後に栃尾電鉄や静岡鉄道といった他社に譲渡され、新たな地で活躍を続けました。
鉄道路線としての役目を終えた後も、その痕跡は現在に残されています。旧線路跡が道路として利用されている区間や、鉄橋の橋脚、そして国の登録有形文化財となっている旧北軽井沢駅舎などが、当時の賑わいを今に伝えています。また、軽井沢駅前にはデキ12形電気機関車（13号機）が、草軽交通本社には有蓋緩急車コワフ104がそれぞれ静態保存されており、その姿を見ることができます。旧北軽井沢駅舎には、原寸よりやや大きめのデキ12形模型も展示されています。
草軽電気鉄道は、そのユニークな歴史と景観から、前述の『カルメン故郷に帰る』の他にも、『路上の霊魂』『善魔』など、複数の映画作品に登場しています。特に『善魔』では栗平駅が登場するなど、貴重な映像記録としてもその存在が残されています。
軽井沢と草津温泉を結び、高原を走り抜けた小さな鉄道は、厳しい経営や自然災害との闘いを経て姿を消しましたが、その記憶は遺構や保存車両、そして現在も地域交通を支える草軽交通へと引き継がれています。
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