菊原静男

菊原静男：日本の飛行艇開発を牽引した技術者

菊原静男（1906-1991）は、日本の航空技術史に名を刻む飛行艇設計の第一人者です。兵庫県姫路市出身の彼は、東京帝国大学工学部航空学科卒業後、川西航空機（現新明和工業）に入社。その卓越した技術力と独創的な発想で、数々の名機を生み出しました。

川西航空機時代と飛行艇開発

川西航空機での初期の仕事は、イギリスのショート・ブラザーズが設計した飛行艇を基にした設計や強度計算でした。この経験が彼の技術の基礎となり、後に九四式水上偵察機の胴体強度設計、そして九七式飛行艇の開発へと繋がります。

九七式飛行艇の開発では設計主任補佐として、軽量化と航続距離の向上に注力。倉庫の屋根のトタン板に着想を得た波板加工による翼の軽量化や、主翼と胴体を支柱で繋ぐ独自の構造は、当時の技術革新と言えるでしょう。その結果、海軍の要求性能を上回る高い性能を持つ飛行艇が誕生しました。

続く二式飛行艇では主任設計者として、水飛沫を抑えるための工夫や艇体の軽量化を徹底。欧米の飛行艇を凌駕する性能を実現しました。特徴的な「かつお節」と呼ばれる艇底前部の出っ張りは、水飛沫低減に大きく貢献しています。

戦時中の貢献と紫電改

太平洋戦争下では、試作中の水上戦闘機「強風」を陸上戦闘機に改造する案を提示。これは後に局地戦闘機「紫電」として採用され、紫電改の開発では設計部長として尽力しました。紫電改には層流翼や自動空戦フラップといった革新的な機構が採用されていますが、短期間での開発という制約の中で、様々な困難を克服する必要がありました。

戦後と飛行艇開発への継続

終戦後、軍需産業からの仕事は途絶えましたが、菊原氏は川西航空機（後に新明和工業と改名）の存続に尽力。金属製品の製作や出版業などにも携わり、朝鮮戦争特需によって会社は持ち直します。

航空機の研究・生産禁止が解除された後も、プロペラ機からジェット機への技術革新の波の中で、菊原氏は自身の強みである飛行艇開発に焦点を当てました。実験設備の不足という困難を克服し、水槽や滑車などを用いた工夫で風洞実験を実施。独自開発した「溝型波消し装置」は、飛沫によるプロペラや船体への影響を軽減し、飛行艇の性能向上に大きく貢献しました。

さらに、低速離着陸（STOL）技術の実現を目指し、境界層制御（BLC）とプロペラ後流を組み合わせた高揚力装置や自動安定装置ASEを開発しました。これらの技術は、アメリカ海軍航空兵器局開発部門の幹部技官F・ロック氏からも高く評価され、アメリカ側の資金による委託研究へと発展します。

UF-XSとPS-1の開発、そしてUS-2への貢献

アメリカ海軍との協力の下、開発された実験機UF-XSは、1962年に初飛行に成功。この技術を基に、1967年には対潜飛行艇PS-1が完成しました。また、彼は国産旅客機YS-11の基本設計にも関与しており、日本の航空技術発展に多大な貢献を果たしました。

菊原氏は、YS-11の開発に携わった堀越二郎、土井武夫、木村秀政、太田稔らと共に、「5人のサムライ」と呼ばれ、戦前から日本の航空業界を支えた技術者の一人として高く評価されています。晩年にはUS-2の基本構想をまとめ、その構想が後のUS-2開発に繋がるなど、その功績は計り知れません。

菊原静男の設計思想

彼の座右の銘は「真金不鍍 好菜不説」。飾り気のない、本質的な性能を重視する彼の設計思想を表しています。ユーザー目線に立ち、実用性を重視した設計は、彼の作品に共通する特徴と言えるでしょう。また、彼は日本の航空機産業が国際競争力を高めるためには、自力開発による技術力の向上と海外市場への進出が不可欠だと考えていました。

菊原静男は、類まれな技術力と独創的な発想、そして粘り強い努力によって、日本の航空技術の発展に多大なる貢献をした偉大な技術者でした。彼の功績は、日本の航空史に永遠に刻まれるでしょう。

もう一度検索