奥村政信

奥村政信：江戸時代の多才な浮世絵師

奥村政信は、江戸時代前期(1686-1764)を代表する浮世絵師にして、版元としても成功を収めた人物です。芳月堂、丹鳥斎、文角、梅翁、親妙など、複数の号を用いて作品を発表しました。彼の作品は、鳥居派や菱川派の画風を独自に消化し、優美さと力強さを兼ね備えた独特の様式を確立しています。

画業の軌跡：多様な表現と技法の探求

政信は、元禄時代後期から宝暦時代にかけて、実に50年以上に渡り旺盛な創作活動を続けました。その作品は美人画や役者絵を中心に、肉筆画、版画と多岐に渡り、墨摺絵、丹絵、紅絵、漆絵、紅摺絵、石摺絵など、当時のあらゆる浮世絵版画の技法を駆使しています。時代や社会のニーズを的確に捉えつつも、常に自己の表現を追求し続けた、真に独立した芸術家と言えるでしょう。

初期の作品は、鳥居清信の影響が色濃く反映されていますが、次第に独自の画風を確立していきます。特に宝永・正徳期には、鳥居派に対抗するかのように多くの丹絵や墨摺絵を制作し、見立や俳諧を取り入れたユーモラスな風俗画で高い人気を得ました。宮川長春の画風も取り入れ、柔和でふっくらとした独特の表現は、他の浮世絵師とは一線を画すものです。

享保期に入ると、美人画に加え、一枚摺りの役者絵、風景画、武者絵、花鳥画など、活動の幅をさらに広げました。多量の紅絵や漆絵を残していることも特徴です。また、文筆にも才能を発揮し、自ら浮世草子や六段本、好色本などを制作。三枚組形式の作品や、小箱などに貼る貼箱絵なども考案するなど、常に新しい表現方法を模索し続けました。

晩年になってもなお、創作意欲は衰えることなく、柱絵や中国絵画の遠近法をヒントに浮絵を制作するなど、革新的な試みも続けました。大判の紅摺絵なども手がけ、元文5年(1740年)には『絵本小倉錦』など、数多くの絵本も制作しています。

肉筆画の卓越性

政信は、版画だけでなく、肉筆浮世絵も数多く残しています。その多くは美人画であり、『小倉山荘図』『西行と遊女図』『文使い図』などが代表作として挙げられます。版画という制約から解放された肉筆画では、伸びやかな筆致と艶麗な表現で、多くの作品を残しました。特に、中小画面の構成力においては、菱川師宣に匹敵する力量を示したと評価されています。

版元としての成功と新たな形式の開拓

享保中期頃からは、「浮世絵一流版元」として、日本橋通塩町（現在の馬喰町）の版元「奥村屋源八」の経営にも参画しました。一枚摺りの柱絵、浮絵、三幅対風の組物など、新しい形式の浮世絵の制作・販売に積極的に取り組み、大きな成功を収めました。人気商品がすぐに模倣されることを防ぐため、作品に「はしらゑ根元」「浮絵根元」と記し、自らが本家本元であることを明記するなど、商売にも優れた手腕を発揮しました。

政信は、錦絵誕生以前の一枚摺りにおける浮世絵美人画の洗練に大きく貢献した人物です。79歳で没するまで、多様な表現方法を探求し続け、浮世絵界に多大な影響を与えました。弟子には奥村利信、奥村政房、奥村政利らがいます。

代表作品

版本

『好色花相撲』(元禄16年)
『男女比翼鳥』(宝永4年)
『絵本小倉錦』(元文5年)
『絵本美人顔之雛形三十二相』(寛延～宝暦頃)

木版画

多数の作品があり、ここでは例として東京国立博物館や神奈川県立歴史博物館などに所蔵されている作品などを挙げました。

肉筆画

『小倉山荘図』
『西行と遊女図』
『文使い図』

参考文献

藤懸静也『増訂浮世絵』
日本[[浮世絵協会]]編『原色浮世絵大百科事典』
吉田漱『浮世絵の見方事典』
楢崎宗重編『肉筆浮世絵Ⅰ（寛文～宝暦）』
稲垣進一編『図説浮世絵入門』
小林忠『肉筆浮世絵大観』
小林忠監修『浮世絵師列伝』

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