親子婚

親子婚（おやここん）

親子婚とは、実の親子あるいは法的な親子関係にある者が婚姻することを指します。日本では「おやここん」と読まれることが一般的ですが、稀に「おやこたわけ」と読まれることもあり、この場合は単なる親子間の婚姻だけでなく、倫理的または法的に深く忌避される親子間の性交渉をも含意する場合があります。

多くの社会や文化において、親子間の婚姻は禁忌とされ、強いタブーの対象となっています。しかし、人類の歴史や世界の多様な文化を紐解くと、伝統的に親子婚を許容していたとされる事例も存在します。

文化人類学者の山内昶氏が指摘するように、母と息子、あるいは父と娘の結婚が特定の社会で認められていた記録があります。例えば、母子の結婚が可能であったとされるのは、アメリカ大陸のカリブ族やティンネ族、インドネシアのジャワ島に住むカラング族、アフリカ大陸のムブティ族やバニョロ族などです。また、父娘の結婚が許容されていたとされるのは、ビルマ（現在のミャンマー）のカレン族、アフリカのアザンデ族、オセアニアのソロモン諸島やマーシャル諸島などです。さらに、インドネシアのセレベス島（現在のスラウェシ島）に暮らすミナハサ族のように、母子婚と父娘婚の両方が可能であったとされる文化も存在したとされます。

歴史的な背景

歴史を振り返ると、親子婚、特に父娘婚の事例が記録されています。古代エジプトにおいては、ファラオが自身の娘と結婚したとされる例が知られています。例えば、ラムセス2世は複数の娘たちを妻として迎えたと伝えられています。また、プトレマイオス朝のクレオパトラ3世が息子であるプトレマイオス10世と結婚したとされる説もありますが、この関係は最終的に息子による母親の殺害という悲劇に終わったともいわれています。パルティア王国においても、母ムサが国王である息子フラーテス5世と結婚したという記録が見られます。

イスラームの聖典であるクルアーンでは、過去に行われた特定の関係の結婚には言及しないものの、新規の婚姻については厳しく制限を設けています。特に近親婚は明確に禁じられており、中でも父親の妻との結婚は最も強く非難されるべき不道徳な行為として、最初に禁婚の例として挙げられています。これに続き、実母や実娘、妻の母親、息子の妻、乳母、そして性交渉を持った妻との間における継娘など、様々な近親者との結婚が禁じられています。

日本の現行民法においても、親子婚は直系血族や直系姻族間の婚姻を禁止する規定により認められていません。血縁関係がない養子縁組による親子や、配偶者の連れ子などの義理の親子関係であっても、法的な直系関係にあれば婚姻は不可能です。しかし、かつて日本には、父親の死後にその妻（後母、ままはは）が夫の息子と結婚する「後母婚」という形式が存在した時代がありました。日本の初期の歴史書である『古事記』や『日本書紀』には、史実性は確かではないとされる「欠史八代」の時代に、開化天皇が後母である伊香色謎命（いかがしこめのみこと）と結婚したという記述が見られます。

現代における論争と事例

現代社会においても、親子関係と婚姻、あるいはそれに類する関係を巡る事例は時折発生し、社会的な議論や法廷での争点となることがあります。

1978年には、アメリカ合衆国のテネシー州で、養子縁組で生き別れになっていた当時37歳の母親と20歳の息子が結婚した事例が注目を集めました。二人は親子であることを伏せて6年間婚姻関係を継続しましたが、1984年にこの関係が明らかになり、法的な問題となりました。母親は別の男性とも婚姻関係にあったため、息子との結婚は重婚にも該当しました。報道によれば、母親の動機として、かつて息子と離れ離れになった経験から、再び彼を失いたくないという強い思いがあったとされています。この裁判の結果、二人は実刑判決を免れ、執行猶予付きの判決となりました。

日本国内では、夫の死後、その連れ子である義理の息子と内縁関係を結び、長期間にわたり夫婦同然に生活した事例がありました。この後母が義理の息子の死後、その内縁関係に基づく遺族年金の支給を求めて訴訟を起こしたのです。この裁判は最終的に最高裁判所にまで持ち込まれましたが、1985年（昭和60年）の最高裁判決では、夫の息子との内縁関係においては遺族年金の受給権は認められないという判断が示されました。

また、2007年にはインドの西ベンガル州で、当時15歳の娘に自身の子を妊娠させた父親（36歳）が、娘との結婚を主張するという衝撃的な事例が発生しました。この父親はイスラーム教徒であり、自らの主張を「アッラーフからのお告げがあったため」と正当化しようとしましたが、周辺住民からは未成年者への犯罪行為として非難の声が上がりました。この件に対し、インド有数のイスラーム神学校であり影響力を持つダルル・ウルーム・デオバンドは、この父親と娘の婚姻は無効であるとの見解を明確に示しました。

これらの事例からもわかるように、親子婚は単に法律で禁止されているというだけでなく、多くの文化や宗教において強いタブーとされ、現代社会でも倫理的、法的に深刻な問題を引き起こす行為であると認識されています。

近親婚、家族法などに関連する論点として、親子婚は人類の社会規範や倫理、法制度のあり方を考える上で重要な問いを投げかける概念と言えるでしょう。

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