請印

請印：律令制下の公文書発給と官印の儀式

律令制において、公文書の発給には厳格な手続きが定められていました。その中心となる儀式が「請印」です。請印とは、天皇の御璽である内印や太政官印である外印を公文書に押印する行為を指し、特に内印の押印は重要な国家儀式として位置づけられていました。

内印と外印の請印手続き

公式令では、五位以上の位記や諸国への公文書には内印を、六位以下の位記や太政官の文案には外印を押印することと定められていました。『延喜式』には、諸司・諸国への符には必ず内印と外印を請うべきことが明記され、内印を請う文書の例が示されています。内印を請う文書以外の太政官発の文書には、外印が押されました。

内印の請印は、上卿による文書の確認の後、少納言が天皇に許可を願い出る奏上が行われ、裁可を得て初めて押印されました。勅符や位記は少納言が、その他の文書は主鈴が捺印しました。しかし、政務の増加に伴い、内印の請印が増加し、天皇への負担も大きくなりました。そのため、奈良時代の養老4年（720年）には、押印のない公文書の発行を禁じる一方で、重要性の低い文書については外印の請印で代用することを認める太政官奏が出され、元正天皇の裁可を得ています。平安時代には、嵯峨天皇が一度に押印する文書を50通に制限しようとする試みもありましたが、かえって政務の停滞を招き、結果として令外文書の増加の一因となりました。

外印の請印は、太政官の会議の場で執り行われました。申文の手続きの後、少納言、外記、史生といった官人が役割分担を持って、文書と印鑑のやり取りを行い、上卿の指示の下に押印が行われました。緊急時には、簡略化された「結政請印」という手続きが用いられました。これは、上卿が文書を確認し、捺印の必要性を認めれば、参議の指示の下、結政所で押印が行われるものでした。

さらに、中宮職や摂関家の政所などでも、同様の捺印手続きが「請印」と呼ばれていました。

請印と政治情勢

請印の手続きは、単なる押印作業ではなく、天皇や太政官の権威を示す重要な儀式でした。内印の請印は、天皇の直接的な関与を示すものであり、天皇の権威の象徴として機能していました。しかし、政務の増加や複雑化に伴い、請印の手続きは負担となり、天皇の権力に影響を与えることにもなりました。嵯峨天皇による押印数の制限はその一例であり、請印を取り巻く政治情勢の複雑さを示しています。また、請印手続きの煩雑さが、令外文書の増加という新たな問題を生み出すことにも繋がったのです。請印の制度は、当時の政治構造や官僚機構、そして天皇の権力と深く結びついていたと言えるでしょう。

まとめ

請印は、律令制下の公文書発給における中心的儀式であり、内印と外印の押印手続き、その歴史的変遷、そして請印を取り巻く政治情勢や文書行政の課題は、当時の政治と社会構造を理解する上で重要な要素となります。その制度の運用には、天皇の権威、官僚機構の機能、そして政務の効率性の問題が複雑に絡み合っていました。この請印に関する研究は、平安時代の政治史、官僚制、そして文書文化を解き明かす上で欠かせないものです。

もう一度検索