官印

官印（かんいん）とは

官印とは、古代中国や日本において、官吏や役所が身分や公的証明のために使用した印章のことです。元々は実用的な目的で使用されていましたが、時代を経るにつれて美術的な価値が認められるようになり、収集や鑑賞の対象、篆刻の参考資料としても用いられるようになりました。

概要

官印の制度は、春秋時代から存在したとされていますが、統一的な制度として確立したのは、中央集権体制が確立された秦代からです。

中央集権体制下では、地方政治は各役所と官吏が中央政府から委譲された権限を行使することで行われていました。彼らは管轄区域内での決裁や中央への申請・報告を行う際に、公文書に公式な証明として官印を押印する必要がありました。また、役所や官吏自身も公的な立場を証明するために官印が必要でした。このように、様々な公的証明を簡潔に行うために「官印」が用いられました。

官印には、官吏個人に支給されるものと、役所に支給されるものがありました。官吏に支給される印には職名が、役所に支給される印には役所名が刻まれるのが一般的でした。印には紐（ちゅう）と呼ばれる持ち手が付いており、印綬（いんじゅ）と呼ばれる太い紐を通して腰にぶら下げていたため、官吏の象徴とみなされていました。官職に就くことを「印綬を帯びる」と表現するのは、このことに由来しています。

なお、紙に押印するようになったのは唐代以降で、それ以前の魏晋南北朝時代までは、木簡や竹簡の束を封じるために「封泥」という粘土の塊に押印していました。

歴史

中国における官印の歴史

春秋戦国時代

中国における印章の歴史は殷の時代にまで遡りますが、その多くは文様や私印と思われるものです。「官印」と呼べるものが登場するのは、春秋時代からです。

『春秋左氏伝』には、魯の襄公が留守中に、宰相の季孫宿が公領を私有化し、その事実を隠蔽するために「璽書」に印を押し、報告書を偽造したという記述があります。このことから、当時すでに官吏に公印が支給されていたことが伺えます。

出土品としては、戦国時代のものが多く、「司馬」「司土」「司工」といった官職名が刻まれた印が見つかっています。文字は金文で、多くの場合白文（陰刻）で、印材は金属製、主に銅が使用されました。

秦代

紀元前221年に中国を統一した秦は、文字や度量衡などの制度を統一し、中央集権体制を確立しました。官印は少府の属官である符節令が管理することになり、統一された規定が設けられました。これにより、皇帝の印を「璽」、それ以外の官印を「印」と区別し、そのスタイルも統一されました。

秦の官印は、文字は小篆で白文、印材は銅でした。特徴的なのは章法で、印面の内側に「田」型の枠を設け、その中に文字を入れる形式が採用されました。この形式は「秦印」と呼ばれています。

漢・新代

秦の滅亡後、前漢も中央集権制を受け継ぎ、官印が製造・支給されました。新の時代も大きな変化はなく、後漢滅亡まで官印の支給は続きました。

皇帝や皇族、諸侯には「璽」が用いられ、将軍の印は「章」と呼ばれるようになりました。また、印綬の色や鈕の形、材質によって身分が区別されました。印の大きさは方寸でしたが、下級官吏は縦半分の大きさの「半通印」を使用しました。また、五行思想に基づき、文字数を5文字にまとめることも行われました。

漢の官印の文字は、小篆をアレンジした印篆が用いられ、秦印に比べて角ばった印象です。白文で印材は銅。章法は秦印の枠を廃止し、文字をそのまま印面に入れるようになりました。この形式は「漢印」と呼ばれています。

日本で発見された志賀島金印「漢委奴國王印」も漢印の一種です。

魏晋南北朝時代

魏晋南北朝時代にも、有力な国々が官印を支給していました。北朝の王朝でも官印が支給されました。

この時代の官印は基本的に漢印と同じですが、戦乱や政治不安の影響で印の出来映えにはばらつきが見られます。特に北方の異民族王朝によるものは、制度に不慣れなためか粗雑なものが多いです。

注目すべきは、白文が基本だった官印に、一部朱文（陽刻）が登場したことです。これは、紙が普及し始め、公文書にも紙が使われるようになったためです。紙に押す際には、朱文の方が見やすいため、官印は次第に朱文印へと変化していきました。

隋・唐代

隋と唐の時代には、律令制の確立により中央集権体制が強化されました。官印制度も整理され、官吏全員への支給が廃止され、役所への支給のみに制限されました。

隋・唐の官印の文字は、小篆を装飾的に変化させた独特の書体が用いられました。また、紙の普及により、印はすべて見やすい朱文となりました。印の大きさも大きくなり、鈕も巨大化するなど、漢印とは大きく異なる様相を呈しました。この時代の形式は「唐印」と呼ばれています。

宋代以降と終焉

北宋以降も、官印を支給する制度は続きましたが、官印は文字の装飾化が進み、官吏の権威を示すための道具としての意味合いが強くなりました。九畳篆の採用はその象徴です。九畳篆は、印篆の画を幾重にも曲げた装飾書体で、文字が読みにくくなりました。

清代になると、九畳篆だけでなく、漢字以外の文字や文様も取り入れられ、印文が読めないほど複雑化し、印としての機能は形骸化しました。

1911年の辛亥革命により、中国王朝は滅亡し、官印制度も廃止され、2500年近い歴史に幕を閉じました。

日本における官印

古代日本でも、中国の影響を受け、律令制とともに官印制度が導入されました。

日本最古の印章は「漢委奴國王印」ですが、これは中国で作られたもので、実際に日本で使用されたかは不明です。実際に使用された印章として確認できる最古のものは、奈良時代のものであり、ここから日本の官印の歴史が始まります。

奈良・平安時代

奈良時代の印章制度は、中国の制度を受け継いだもので、印を作るのは国家の特権とされました。大宝律令（701年）によれば、官印には内印、外印、諸司印、諸国印の4種がありました。

内印は天皇の印章で、「天皇御璽」と刻まれ、五位以上の位記や諸国に下す公文書に用いられました。外印は太政官の印で、「太政官印」と刻まれ、六位以下の位記や太政官の文書に用いられました。諸司印は各省庁が使用し、諸国印は各国で使用しました。

日本の官印は、文書の真偽を弁別し、律令国家の権威を示すために用いられました。藤原仲麻呂の乱では、官印の確保や奪回が行われたことからも、その重要性が伺えます。

当初は官印のみが公的な印として認められていましたが、平安時代中期頃から、私印の使用が事実上追認されるようになりました。

日本の官印は、使用時期が隋・唐と重なることから、唐印の影響を強く受けています。

終焉

律令制の弛緩とともに官印の規定は崩れ、花押の登場によって官印は廃れていきました。

元々、公文書は官印に加え、官庁の役人の署名が必要でしたが、その署名が草書体へと変化し、花押となりました。花押は官印に代わり、公文書の証明として用いられるようになりました。

中世以降も、号印や武将の公用印などが存在しましたが、これらは官印には含まれず、日本の官印の系譜は中世初頭に完全に途絶えました。

蒐集と鑑賞

中国

中国では、北宋代以降、文人たちの間で官印が蒐集・鑑賞の対象となりました。それまで実用品であった印が、芸術的な視点から捉えられるようになったのです。

古代の官印が出土するにつれて、文人たちは印を買い集め、その印文を鑑賞しました。これにより、篆書への興味が高まり、古代文字研究や篆刻へと繋がっていきました。

現在も官印は、書道、古美術、考古学の観点から蒐集・鑑賞され、美術品として取引されています。

日本

日本では、江戸時代以降に中国の官印が本格的に知られるようになりました。書道界で篆刻が定着し、中国の印譜を通して官印の鑑賞が行われるようになりました。

また、日本古代の官印にも関心が向かい、寺社印や私印を含め「大和古印」として鑑賞されるようになりました。京都国立博物館所蔵の「四王寺印」は、現存する優品の一つです。

ただし、中国とは異なり、現物が残るものは稀少で、多くは公文書の印影を見る程度です。

現在、官印は中国と同じように、書道、古美術、考古学の観点から鑑賞の対象とされています。中国の官印については、比較的現存数が多いため、古美術品として輸入・販売されることもあります。

もう一度検索