諸生党

諸生党：水戸藩における保守派の興亡

諸生党（しょせいとう）は、幕末期の水戸藩において、家老の市川弘美（三左衛門）を中心に形成された保守・門閥派です。彼らは、藩政改革を推し進める改革派（天狗党）と激しく対立し、抗争を繰り広げました。市川派、あるいは諸生派とも呼ばれ、その名は、当時水戸城三ノ丸にあった藩校、弘道館の諸生（書生）が多く所属していたことに由来します。

改革派との権力抗争

文政12年（1829年）に水戸藩主となった徳川斉昭は、従来の門閥にとらわれず、藤田東湖や武田耕雲斎といった下士層の人材を積極的に登用し、藩政改革に着手しました。これに対し、既得権益を脅かされた門閥派が反発し、諸生党が形成されていきます。

彼らは斉昭や改革派からの権力奪還の機会をうかがっていましたが、弘化元年（1844年）に斉昭が幕命により強制隠居させられると、年少の嫡男・徳川慶篤を補佐し、藩政の中心を担うようになります。しかし、斉昭が謹慎を解かれ藩政に復帰すると、門閥派は再び勢力を失います。

安政5年（1858年）、大老井伊直弼が日米修好通商条約を独断で調印すると、これを批判した斉昭は永蟄居を命じられます。これに対し、水戸藩の改革派が朝廷に働きかけ、戊午の密勅が下されると、幕府はその返納を要求。密勅問題を巡り、藩内では返納を主張する門閥派が勢いを盛り返し、反対する改革派急進派（激派）との対立が激化します。

幕府の臣下であるはずの水戸藩へ朝廷から直接勅書が渡されたことは、幕府の権威を大きく失墜させました。幕府は水戸藩の改革派を安政の大獄で弾圧し、それに反発した激派が桜田門外の変や坂下門外の変などを起こすと、さらに弾圧は強化され、改革派は力を失い、幕府に恭順する門閥派が藩内で勢力を強めることとなります。

天狗党の乱討伐

元治元年（1864年）3月、改革派激派の藤田小四郎らが筑波山で挙兵すると（天狗党の乱）、危機感を抱いた門閥派の市川三左衛門らは改革派の排撃を開始します。同年7月、幕府が天狗党追討令を出し、常陸、下野の諸藩に出兵を命じると、市川らは弘道館の諸生を中心とする部隊を組織し、天狗党の討伐を開始しました。この時、諸生の党、すなわち諸生党が反天狗党の総称となり、水戸藩領内各地で士民が諸生党側と天狗党側に分かれて抗争が繰り広げられることとなります。

諸生党軍は、多宝院で藤田ら天狗党軍の夜襲を受け敗走。水戸へ逃げ帰ると水戸城を占拠し、天狗党に加担している者の家族の屋敷に放火、残っていた者を投獄しました。これを聞いた天狗党が水戸城に迫ると、諸生党は城下で迎撃し、勝利を収めます。この内乱を鎮静するため、京都にいる藩主慶篤の名代として宍戸藩主松平頼徳が幕命により水戸へ下向しますが、頼徳の一行の中に武田耕雲斎ら改革派の要人が加わっていたため、改革派に主導権を握られることを恐れた市川らは、一行の入城を拒否。頼徳はやむなく那珂湊に退き、天狗党と合流します。幕命を受けた頼徳を敵に回したことで叛逆の罪に問われることを防ぐため、諸生党は幕府に働きかけ、天狗党と共に頼徳一行も討伐対象とすることに成功し、水戸城下で戦闘を繰り返しました。同年10月、諸生党は田沼意尊を将とする幕府の討伐軍の応援を得て那珂湊を包囲し、ついに天狗党を敗走させます。一橋慶喜の仲介を頼りに天狗党が京都へ去り、諸生党が藩政を掌握すると、天狗党やその協力者の弾圧を進めました。

同年12月、藤田ら天狗党の一行が越前敦賀で討伐軍に降伏し、その多くが処刑され、乱は鎮圧されました。諸生党は藤田小四郎や武田耕雲斎らの首を水戸に移して罪人として晒し、乱に加担した者の家族を処刑しました。

戊辰戦争以後

慶応4年1月（1868年2月）、戊辰戦争が始まると、諸生党に対する追討命令が朝廷から出されます。これにより、水戸藩に戻った本圀寺党をはじめとする天狗党の残党と諸生党の間で再度抗争が勃発。今度は賊軍となった諸生党はたちまち勢力を失い、市川らは水戸を脱して会津へ向かいました。武田金次郎ら天狗党が藩内での権力を掌握すると、諸生党やその家族に対して激しい報復が行われ、各地で多くの諸生党士民が処刑されたり投獄されたりしました。

水戸を脱した市川ら約500名の諸生党軍は「市川勢」等と称され、奥羽越列藩同盟の傘下に入って新政府軍との戦闘に加わることとなります。北越戦争、会津戦争で敗北し、水戸に舞い戻るも、弘道館を占拠した挙句、天狗党軍に打ち破られ壊滅しました。市川三左衛門は逃亡するも捕えられ、水戸で処刑されました。

諸生党幹部一覧

天狗党の乱を鎮圧後に論功行賞で禄高の加増がなされた者達の名簿です。後に諸生党政権の中心となった面々でもありました。

鈴木石見守:城代家老（7,000石）
市川三左衛門:家老（3,000石）
朝比奈弥太郎:家老（2,500石）
佐藤図書:家老（2,500石）
大井幹三郎:目付（300石）
友部八太郎:御用調役（300石）
渡邉伊衛門:使番（300石）
大岩伴次郎:郡奉行（300石）

石碑等

水戸市の祇園寺には、市川三左衛門、朝比奈弥太郎の墓所があります。
水戸市の神應寺には、弘道館戦争の十七回忌に際して諸生党慰霊碑が建立されました。
新潟県柏崎市には、戦死した諸生党員らを供養するため建立された「北越戊辰の役当処戦没者供養塔」があります。
福島県会津若松市の白虎隊記念館には、会津戦争で戦死した諸生党員を供養した「水戸藩諸生党鎮魂碑」があります。
* 千葉県匝瑳市の福善寺には、戦死した諸生党員の供養塔が建てられています。

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