護国卿

イングランドの護国卿：王権と共和国の狭間を生きる存在

イングランドにおいて「護国卿（Lord Protector）」は、国王の不在や幼少期、あるいは統治能力の欠如といった状況下で、王に代わって国家を統治する権限を与えられた地位でした。敬称は「殿下（His Highness）」です。特に、清教徒革命後のイングランド共和国において国家元首として機能したことで広く知られていますが、その歴史は中世まで遡ります。

王国時代の護国卿

中世イングランドでは、国王が未成年であったり、何らかの理由で統治が不可能な場合に、しばしば「護国卿」がその地位を担いました。代表的な例として、ヘンリー6世の幼少期にはベッドフォード公ジョンとグロスター公ハンフリーが、ヘンリー6世の精神錯乱時にはヨーク公リチャードが護国卿に任命されています。

ベッドフォード公とグロスター公は、百年戦争末期の1422年、ヘンリー6世の幼少期に共同で護国卿に任命されました。当時、イングランドはフランスと二重王国を形成しており、ベッドフォード公がフランスを、グロスター公がイングランドを統治しました。しかしグロスター公は、貴族たちの支持を得られず権力行使に制約を受け、評議会からの助言を仰がざるを得ない状況にありました。このため、彼はしばしば叔父であるヘンリー・ボーフォート枢機卿と対立しました。ヘンリー6世の即位に伴い、1429年には護国卿の地位は廃止されました。

ヨーク公リチャードは、1453年にヘンリー6世が精神錯乱に陥ったことをきっかけに、貴族たちの要請を受けて護国卿に任命されました。しかし、ヘンリー6世が回復すると、サマセット公エドムンド・ボーフォートが権力を掌握し、ヨーク公は失脚しました。その後、薔薇戦争の激化の中で、彼は再任を果たすものの、再び失脚し、最終的にはウェイクフィールドの戦いで戦死しました。

グロスター公リチャード（後のリチャード3世）も、兄エドワード4世の死後、甥のエドワード5世の後見人として護国卿の地位に就きましたが、短期間でエドワード5世を廃位し、自ら王位に就きました。サマセット公エドワード・シーモアも、エドワード6世の幼少期に護国卿を務めましたが、政敵との対立により失脚し処刑されました。

共和国時代の護国卿：クロムウェルとプロテクトレート

清教徒革命後の1653年、イングランド共和国は「統治章典」を制定し、国家元首として「護国卿」を設けました。オリバー・クロムウェルは、終身護国卿に任命され、この時代は「護国卿時代」あるいは「プロテクトレート」と呼ばれています。

クロムウェルは、護国卿として強い権力を掌握しました。彼は議会を解散したり、軍事政権を敷いたりしながら統治を進めました。しかし、次第に王政復古への動きも強まり、彼は「謙虚な請願と勧告」を受け入れ、王にはならなかったものの、王に匹敵する権力を得ました。彼の死後、息子のリチャード・クロムウェルが護国卿を継承しましたが、わずか8ヶ月で辞任に追い込まれました。護国卿時代の終焉は、イングランド共和国の崩壊を意味し、その後、チャールズ2世の即位による王政復古へと繋がっていきました。

護国卿の遺産

クロムウェル父子の後、護国卿の称号は、不名誉な共和政を象徴する言葉となりました。以後、イギリスで「護国卿」の称号が使用されることはありませんでした。しかし、イングランドの歴史において、王権と共和国の狭間で揺れ動いた護国卿の地位は、その変遷を通して、イングランドの政治体制と権力構造の複雑さを示す重要な事例として記憶されています。

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