速記本

速記本とは

速記本とは、主に落語や講談といった話芸の口演を速記によって記録し、刊行したものです。特に講談を対象としたものは「講談本」とも呼ばれます。これらの刊行物は、単なる記録に留まらず、当時の大衆文化や文学に大きな影響を与えました。

歴史

日本における速記本の始まりは、1884年（明治17年）に刊行された三遊亭圓朝の口演『牡丹灯籠』であるとされています。明治時代に入り、ジャーナリズムの発展とともに速記の需要が高まりました。また、海外からの影響も受け、速記術が著しく進歩したことが、速記本誕生の背景にあります。この速記術の発展は、言文一致運動や口語体の普及を後押しする要因の一つとなりました。

『牡丹灯籠』の速記本は、当時速記講習会を卒業したばかりの若林玵蔵と酒井昇造によって作成されました。これは、速記の効用を広くアピールする目的がありました。この成功をきっかけに、圓朝の他の口演である『塩原多助一代記』や『英国孝子之伝』、さらには他の落語や講談の速記本が続々と出版されました。また、新聞でも2代目松林伯圓、初代松林伯知、3代目一龍斎貞山といった講談師の連載講談が掲載されるようになり、速記本は大衆文化の一翼を担うようになりました。

1889年（明治22年）には、東京の金蘭社から落語・講談の速記専門誌『百花園』が創刊されました。この雑誌の登場は、速記本がより専門的な分野でも受け入れられるようになったことを示しています。また、『東京朝日新聞』のような講談を掲載しない新聞でも、半井桃水や村上浪六といった作家による通俗的な歴史読物が掲載され、『文芸倶楽部』では落語・講談の増刊号が人気を博しました。日露戦争後には、講談を口述筆記風に書き起こした「書き講談」が人気を集めるようになります。

1911年（明治44年）には、大阪で『立川文庫』が発刊されました。これは、講談師の玉田玉秀斎らが中心となり、講談を読み物として再編集したもので、後の大衆文学に大きな影響を与えました。同年、東京では、国民新聞社の望月茂と伊藤源宗が、大日本雄弁会の野間清治に働きかけ、速記講談を主とした雑誌『講談倶楽部』が創刊されました。

上方落語家の4代目桂文團治（1962年没）は、若い頃、講談師を目指していたものの、特定の師匠がいませんでした。そのため、速記本を自分で購入して暗記し、それに落語の要素を加えて口演していたという逸話が残っています。また、作家の小林信彦は、少年時代に落語の速記本を愛読していたと述べています。

速記本の意義

速記本は、当時の話芸を記録するだけでなく、大衆文化の発展や文学の形成に重要な役割を果たしました。速記術の発展は、言文一致運動や口語体の普及を後押しし、大衆が気軽に読める物語の誕生に貢献しました。また、速記本は、後の文学作品や演芸にも影響を与え、その文化的価値は今日でも高く評価されています。

関連事項

• - 落語
• - 講談
• - 浪曲（浪花節）
• - 速記

外部リンク

• - コトバンク「速記本とは」

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