鄢・郢の戦い

紀元前279年から紀元前278年にかけて、秦の将軍白起が楚を攻め、楚の国都郢（現在の湖北省荊州市荊州区）を陥落させた戦いです。この戦いで楚は、洞庭湖周辺の水沢地帯や長江の南北に広がる安陸に至る広大な領土を失い、国力は大きく衰退しました。

背景

秦と楚の関係は、張儀による楚の欺瞞事件以降、悪化していました。伊闕の戦いで秦が大勝して以来、楚の襄王は秦の強大さを恐れ、秦との講和を求めました。紀元前292年、楚の襄王は秦に使者を送り、秦の王女を迎え、両国は和睦しました。その後、両国は友好的な関係を維持し、紀元前285年には秦の昭襄王と楚の襄王が宛で会見し、平和を誓いました。さらに紀元前283年には、両国の君主が楚の鄢城と秦の穣で会見しました。

しかし、紀元前281年、楚の襄王は、飛ぶ雁を射る人物を召し抱えました。その人物は、王が射るべきは諸侯であると進言し、楚の広大な領土と兵力を引き合いに出し、秦を討伐して覇者となるべきだと説きました。襄王は、父である懐王が秦に幽閉されて亡くなったという屈辱を思い出し、秦との断交を決意。各国に使者を送り、秦を攻撃するための合従を締結しようとしました。秦の昭襄王はこれを察知し、楚への出兵を決断しました。

紀元前280年、秦の将軍司馬錯は蜀の兵を集結させ、隴西郡から出兵し、楚の黔中郡を奪いました。楚の襄王は、上庸と漢江の北の土地を秦に割譲せざるを得なくなりました。紀元前279年、秦は対楚戦争に全力を注ぐため、昭襄王は趙の恵文王と澠池で和解し、一時的に両国は休戦しました。

鄢・郢の戦い

当時の楚は国内政治が腐敗していました。襄王は国政を顧みず、大臣たちは傲慢で嫉妬深く、功を競い合っていました。佞臣が政権を握り、賢良な忠臣は排斥されました。その結果、民心は離れ、都市は荒廃していきました。白起は秦楚両国の状況を分析し、楚の中枢を直接攻撃する戦略を採用しました。紀元前279年、数万の軍を率いて漢江を下り、沿岸の主要拠点を攻略。白起は秦軍に橋を破壊させ、船を焼き払い、退路を断ちました。

楚軍は本土での戦いでしたが、兵士たちは家族を案じて戦意が低く、秦軍の猛攻に反撃できずに撤退しました。秦軍は長距離を迅速に進軍し、漢水流域の要衝である鄧城を攻略。さらに、楚の別都である鄢城へと進軍しました。鄢城は楚の国都である郢の近くに位置し、楚はここに重兵を集結させて秦軍の南下を阻止しようとしました。

秦軍はなかなか楚の防壁を突破できませんでしたが、白起は蛮河の地形を利用した作戦を実行しました。鄢城の西百里に堤を築き、水を蓄え、鄢城まで水を引きました。そして堤を破壊し、鄢城に水を押し寄せました。これにより、鄢城の北東部が崩壊し、数十万の軍民が溺死しました。鄧城と鄢城が陥落し、楚の人々が大量に死亡したため、白起は罪人を赦免し、両城に移住させました。さらに、西陵を攻略しました。

紀元前278年、白起は再び出兵し、楚の国都郢を陥落させました。先王の陵墓がある夷陵を焼き払い、東へ進軍して竟陵に到達。楚の襄王は、陳への遷都を余儀なくされました。この戦いで、秦は楚の洞庭湖周辺の水沢地帯、長江の南北に広がる安陸などの広大な土地を占領し、南郡を設置しました。白起は武安君に封じられました。愛国詩人の屈原は楚の将来に絶望し、石を抱いて汨羅江に身を投げました。

戦後

鄢・郢の戦いは楚の国力を大きく損ない、秦は大戦果を挙げました。紀元前277年、秦の昭襄王は白起を総大将、蜀郡郡守の張若を副将に任命し、楚の巫郡と黔中郡を攻略しました。翌年、楚の襄王は残兵10万人以上を集め、巴東郡の15の城邑を奪還し、秦の攻撃を防ぐため郡に併合しました。華陽の戦いの後、春申君は秦の昭襄王に書を送り、秦と楚の交戦は韓、魏、斉を利することになると説きました。春申君の働きかけにより、秦の昭襄王と楚は改めて同盟を結び、休戦しました。

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