長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、長崎県と熊本県に点在する12の構成資産からなるユネスコの世界遺産です。この遺産群は、江戸時代、250年にも及ぶ禁教令下において、宣教師不在の中、信者たちが信仰を守り抜いた歴史を物語るものです。

概要

この遺産群の最大の特徴は、厳しい弾圧の中で、信者たちが共同体を維持するために独自の生活様式や文化を創造した点にあります。孤立することなく、一般社会との関わりを持ちながら信仰を守り続けたその姿は、世界でも類を見ないものです。この歴史的価値が評価され、2018年にユネスコの世界遺産に登録されました。

経緯

この遺産群が世界遺産として認められるまでには、長い道のりがありました。2001年から、長崎におけるカトリック教会の伝来から繁栄、禁教下の潜伏信仰、そして奇跡のキリスト教復活という、4世紀にわたる歴史を物語る資産として、世界遺産登録を目指す運動が始まりました。

当初は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として登録を目指していましたが、潜伏キリシタンに焦点を絞るために構成資産が再考され、現在の名称となりました。

2007年には文化庁が世界遺産候補を公募し、長崎県が名乗りを上げました。その後、推進会議や学術会議が重ねられ、構成資産の選定やOUV（顕著な普遍的価値）の検討が行われました。2013年には熊本県天草市の﨑津集落が加わり、2014年には平戸島の物件が分割され、14資産で推薦書が作成されました。

推薦は一度取り下げられましたが、ICOMOS（国際記念物遺跡会議）との協力体制を築き、構成資産の見直しやテーマの変更を経て、2018年に再推薦されました。その結果、第42回世界遺産委員会において登録が決定しました。

世界遺産委員会での状況

2018年 6月30日の世界遺産委員会では、ICOMOSの概要説明の後、委員国から「ユニークな遺産」「ヒューマンヒストリーを表現している」といった賛同意見が相次ぎ、わずか20分で満場一致で登録が可決されました。

登録をうけて

世界遺産登録を受け、文部科学大臣や熊本県知事、そして安倍晋三首相からも祝福のメッセージが寄せられました。また、バチカンからも、潜伏キリシタンの信仰を守り抜いた姿勢を称える談話が発表されました。

構成資産

構成資産は、長崎県と熊本県にまたがり、教会堂、集落、史跡など、12件の多様な資産で構成されています。

長崎県
長崎市：大浦天主堂、外海の出津集落、外海の大野集落
南島原市：原城跡
佐世保市：黒島の集落
平戸市：平戸島の聖地と集落（安満岳、春日集落、中江ノ島）
北松浦郡小値賀町：野崎島の集落跡
南松浦郡新上五島町：頭ヶ島の集落
五島市：久賀島の集落、奈留島の江上集落

熊本県
天草市：天草の﨑津集落

緩衝地帯

各構成資産の周囲には緩衝地帯が設けられており、潜伏キリシタンの生活や信仰と密接な関係を持つ海域までを含んでいます。

構成資産の区分

潜伏キリシタン関連遺産は、その歴史的背景から4つの時代に区分されています。

1. 始まり：原城跡（潜伏キリシタンのきっかけ）
2. 形成：春日集落、安満岳、中江ノ島、﨑津集落、出津集落、大野集落（潜伏キリシタンが信仰を実践するための試み）
3. 維持・拡大：黒島の集落、野崎島の集落跡、頭ヶ島の集落、久賀島の集落（共同体を維持するための試み）
4. 変容・承継：江上集落、大浦天主堂（宣教師との接触による転機と潜伏の終わり）

特に集落群は、17世紀の禁教初期に形成されたものと、18世紀以降に離島に移住して構築されたものに時間差があります。

評価

ICOMOSは、潜伏キリシタン集落を「リビングヘリテージ」として評価し、石積みの技術や文化の多様性を評価しました。ユネスコは、遺産の価値の信頼性を「形態とデザイン」「使用と機能」「伝統技術と管理システム」「場所と環境」「精神と感情」によって評価しました。

登録基準

この世界遺産は、世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たしています。

* (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

世界の反応

世界各国からも、この遺産の独自性や歴史的価値を評価する声が上がっています。特に、宗教的自由や共生、信仰を守り抜いた人々の勇気などが注目されています。

特徴

この遺産群は、日本の被支配層の継続的な生活がある居住地が世界遺産になるという点で、白川郷・五箇山の合掌造り集落以来の事例です。ただし、合掌造り集落が家屋そのものを対象とするのに対し、潜伏キリシタン集落は集落景観を主体としており、初の事例となります。また、日本の宗教としては仏教、神道、修験道、自然崇拝に加え、初めてキリスト教からの登録となりました。

重要文化的景観として

国内法では重要文化的景観として保護されていますが、世界遺産としては文化的景観の適用を受けていません。これは、構成資産が潜伏キリシタンの信仰を直接的に示すものではないためです。しかし、これらの景観は、人々の生活や文化と密接に結びついており、その価値は非常に高いと言えます。

追加調査要請

世界遺産委員会からは、集落周辺の廃村に残る信仰の遺構について、包括的な記録を作成するよう求められています。これは、将来的な拡張登録につながる可能性も示唆しています。

候補から外れた資産

世界遺産登録を目指す過程で、いくつかの資産が候補から外されました。これには、歴史的価値や関連性が薄いと判断されたもの、また、禁教時代に特化すべきという指摘を受けたものなどが含まれます。

テーマの変更について

当初のテーマは「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」でしたが、ICOMOSの指摘を受け、「潜伏キリシタンの文化的伝統」へと変更されました。これにより、禁教下の信仰を守り抜いた人々の歴史に焦点を当てることとなりました。

世界遺産登録後の動向

登録後、台風や豪雨などの自然災害により、構成資産の一部に被害が発生しました。また、観光客増加による課題や、地域住民の生活への影響も懸念されています。

現在、長崎県は、世界遺産を巡る巡礼の道や、ガイダンス施設整備を進めています。また、テロ対策や、観光公害への対策も講じられています。

今後の課題

世界遺産としての価値を維持し、次世代に継承するためには、持続可能性、アクセシビリティ、景観保全、ヘリテージツーリズム、観光公害、人出の鈍化、ガイダンス施設、ガイド育成、テロ対策など、様々な課題に取り組む必要があります。

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、単なる宗教的な遺産ではなく、厳しい歴史の中で信仰を守り抜いた人々の生き様や、独自の文化、そして自然との共生を今に伝える、世界的に見ても非常に貴重な遺産と言えるでしょう。

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