金刺部氏

金刺氏（かなさしし）とは

金刺氏は、古代日本の氏族の一つです。その起源は、欽明天皇の御名代・舎人として朝廷に出仕したことに遡ると考えられています。彼らは、天皇の宮名である「金刺」を氏の名としたとされています。

金刺氏の成立と展開

金刺氏が歴史に登場するのは、6世紀の欽明天皇の時代です。彼らは、御名代・舎人として天皇に仕え、その宮名の一部である「金刺」を氏の名としました。この頃、ヤマト王権は地方の豪族を体制に組み込む政策を進めており、金刺氏もその一つとして成立したと考えられます。

『古事記』に登場する建御名方神（たけみなかたのかみ）は、金刺氏が深く関わっているとされています。諏訪の神とされる建御名方神ですが、元々は水神である須波神が信仰されていました。金刺氏が諏訪を支配するようになると、守矢氏と共同で祭祀を行い、建御名方神の神階を昇叙させ、信仰を集めたとされます。この背景には、金刺氏が多氏と同族であり、『古事記』の編纂に関わった太安万侶に働きかけ、建御名方神の神話を挿入させたと考える説もあります。また、壬申の乱で騎兵を率いた多品治は、信濃国で馬を飼育していた金刺氏と結びつき、朝廷と金刺氏を繋ぐ役割を担ったとも言われています。

奈良時代から平安時代初期にかけて、金刺氏は信濃国の地方政治で大きな役割を果たしました。伊那・諏訪・筑摩・水内・埴科・小県の各郡の郡司を歴任し、信濃国の郡司を代表する人物として、伊那郡の大領である金刺舎人八麻呂がいます。彼は、藤原仲麻呂の乱で功績を認められ、位を授けられました。また、伊那郡の郡司は、信濃国内に置かれた内厩寮直轄の御牧を統括する責任者でもあり、金刺氏と馬との深い関わりを示すものと言えるでしょう。金刺氏は、馬の生産を通じて中央との関係を深め、その地位を確立していったと考えられます。特に、信濃国には御牧が多く置かれており、金刺氏が馬の生産を担っていたことが伺えます。

また、金刺氏の一族は、水内郡の郡司として善光寺の創建にも関わったとされています。彼らは、裾花川沿いの芋井郷を拠点としていたと考えられています。

金刺氏の衰退とその後

平安時代に入ると、金刺氏は政治の舞台から徐々に姿を消していきます。しかし、その名は諏訪大社の神官として残りました。貞観4年（862年）には、金刺舎人正長が位を授けられ、その後も金刺舎人貞長が太朝臣に改姓するなど、一定の勢力を保っていました。しかし、彼らの名は次第に諏訪大社の神官としてのみ見られるようになり、政治的な影響力は失われていきました。

金刺部について

金刺氏は、部民制における名代の一つである金刺部を起源とするとされています。金刺部は、欽明天皇の皇居であった磯城嶋金刺宮に由来し、その資用に充てられた料地の管理に従事した人々です。金刺部も、金刺氏と同様に信濃国に多く分布していました。

金刺氏の分布と理由

金刺氏や金刺部が、信濃国と駿河国に集中している背景には、これらの地域が馬の産地であったことが挙げられます。馬は、軍事力としてだけでなく、交通や農業にも重要な役割を果たしていました。ヤマト王権は、信濃や駿河の馬を確保し、騎馬兵力を編成するために、これらの地域の首長を舎人として体制に組み込んだと考えられます。他田舎人や他田部も、金刺氏と同様にヤマト王権によって編成されたと考えられますが、分布範囲がより広いことから、ヤマト王権の支配が拡大したことを示唆しているとも言えます。

金刺氏のような中小首長がヤマト王権に組み込まれたのは、磐井の乱をきっかけに、より強固な政治体制が必要とされたためと考えられています。また、鉄製農具や新しい農業技術の普及によって、世帯共同体が成立し、中小首長はヤマト王権の支配を受け入れることで、その正統性を強化しようとしたと考えられます。このように、金刺氏や他田舎人は、ヤマト王権の体制の中で重要な役割を果たし、歴史に名を刻むことになりました。

まとめ

金刺氏は、欽明天皇の時代に成立した古代氏族で、信濃国を中心に勢力を持ち、馬の生産や軍事面で重要な役割を果たしました。また、諏訪大社の祭祀にも深く関わり、地域社会に大きな影響を与えたと考えられます。金刺氏の歴史は、古代日本の政治や社会構造を理解する上で重要な手がかりとなります。