金正日政治軍事大学

金正日政治軍事大学：北朝鮮の工作員養成機関

金正日政治軍事大学（キムジョンイルせいじぐんじだいがく）は、北朝鮮の首都平壌に位置する工作員養成機関です。別名「朝鮮労働党130連絡所」や「人民軍695軍部隊」とも呼ばれ、秘密裏に活動する工作員を育成しています。

概要

大学は平壌の北郊に位置し、入学は個人の意思ではなく、当局の召喚によって決定されます。入学者の多くは、自分が工作員養成機関に入学することを認識していません。選抜は、家柄、容姿、学業成績、最高指導者への忠誠心などを考慮した厳格な国家審査によって、毎年約200人が選ばれます。

この大学は、朝鮮労働党中央党三号庁舎の作戦部に属しています。三号庁舎は、朝鮮半島の武力統一を目指す金日成・金正日の指導に基づいて設立され、韓国に対する工作活動を専門としています。北朝鮮が武力統一を達成するためには、韓国国内で反政府勢力を構築し、様々な工作活動を実行する工作員が必要とされています。

三号庁舎は、平壌市中心部から少し離れた場所に位置し、以下の4つの部署で構成されています。

対外交流局：韓国に潜入し、地下組織を構築、反政府勢力を糾合し、テロや拉致を行います。独自の工作員養成機関「烽火政治大学」を持っています。
対外情報調査局：韓国以外の国に対するスパイ活動、拉致、テロ行為を行います。大韓航空機爆破事件はこの部署の管轄でした。
作戦部：韓国に派遣する工作員の手引き、移送、要人拉致、暗殺、施設爆破などを担当します。最も訓練された3000人の工作員を保有し、有事の際には韓国を内側から崩壊させる役割を担います。金正日政治軍事大学はこの部署に属します。
統一戦線部：南北会談を担当し、在日本朝鮮人総聯合会を指導、管理します。また、北朝鮮最高指導者への秘密資金集めも行います。

金正日政治軍事大学は、当初対南工作員養成機関として発足しましたが、後に日本、中国、米国、ヨーロッパ諸国に対応する工作員の養成も行うようになりました。現役工作員が再教育を受けるための「招待所」を多数保有し、拉致被害者の居住施設としても利用されています。

沿革

大学の歴史は、1945年に平壌に設置された金剛学院に遡ります。その後、1948年に海州市に松島政治学院が設立され、1957年に両校が統合し、朝鮮労働党政治学校が開設されました。

1960年代：686訓練所が設置。
1972年：686訓練所廃止、施設は国家安全保衛部政治大学へ。
1972年：朝鮮労働党政治学校を金星政治軍事大学に改称。
1980年：朝鮮労働党中央委員会直属政治学校を開設。
* 1992年1月25日：烽火政治大学を分校として分離。金星政治軍事大学は、作戦部管轄の「金正日政治軍事大学」に改称。

所在地・施設

大学は、平壌市兄弟山区域鶴山里と龍城区域新美里一帯に広大なキャンパスを構えています。地図上には行政地域として表示されておらず、外部に住所を知らせる際には架空の住所が用いられます。大学の敷地は鉄条網で囲まれ、内部には林、障害物訓練コース、直線訓練コースがあります。

施設内には、武器・被服倉庫、講堂、講義室、実習室、体育館、図書館、グラウンド、学生・教官の宿舎、食堂、病院などがあり、これらの施設を囲むように訓練コースが配置されています。大学には常に約150名の人民軍兵士が駐屯し、厳重な警備体制が敷かれています。

大学の近隣には、日本人村（日本人教官村）や、三号庁舎作戦部所属の915病院があります。

予算

金正日政治軍事大学の予算は非常に巨額であり、北朝鮮の一つの道を賄えるほどであると言われています。また、海外での工作活動に使用するための貨物船「勝利号」を保有しています。

学科と教育・訓練内容

本校は6年制で、学生数は400人以上、分校は1年から3年の教育課程で約100人です。学生は、大学から離れることや、家族を含め外部の人と連絡を取ることは許されません。例外として、年に2度の外出と年に1度の年賀状送付が許可されますが、差出人住所の記載は禁じられています。戸籍も抹消され、家族の安否を知ることもできません。

本校では、韓国や日本に侵入する工作員を目的地の海岸まで案内する要員や工作船の乗組員を養成します。分校では、実際に国外で工作活動を行う要員を養成します。訓練は非常に過酷で、格闘技、射撃、水泳、爆弾製造、壁登り、語学、地質学、無線、航海術など、多岐にわたる訓練が行われます。これらはすべて「主体思想」に基づくイデオロギー教育と組み合わされています。

イデオロギー教育では、革命歴史、労作、思想、哲学、情報学などを学びます。韓国については、「アメリカ帝国主義の下で苦しむ貧しい操り人形」と洗脳され、西側社会は不平等な資本主義社会であると教え込まれます。現在の教育期間は6年2ヶ月で、大学の一般科目も教育します。過去には2年の短期コースも存在しました。

教官は、常に「任務のために命を犠牲にする覚悟を持て」と学生に教え込み、拘束されそうな場合は青酸カリで自殺するよう指導します。学費・食費は無料であり、食事は将校と同等で、豚肉、鶏肉、卵、白米などが提供されます。北朝鮮の一般国民とは比べ物にならないほど豪華な食事であり、体格にも大きな差が出ると言われています。

学生の1日のスケジュールは、朝6時に起床、清掃後、金日成徳性資料を朗読し、軍服に着替え、マスクとサングラスで顔を覆い、講義室へ向かいます。講義中は同級生に顔を見られることも、声を聞かれることも禁じられています。午後には自習や運動時間があり、夜は体力鍛錬と山岳行軍が行われます。

男性の訓練はさらに厳しく、20キログラムの荷物を背負って毎日12キロメートルの行軍を短時間でこなさなければならず、できない場合は脱落します。週末や月末にはさらに長距離の行軍が課せられます。また、水泳訓練も厳しく、長距離を泳ぎ切る必要があります。学科では、基礎科目の他に、特攻訓練、情報学、射撃、撃剣などが加わります。

訓練の厳しさから、学生たちは「無法者」のような気風を持ち、教官を殴打することも正当化されています。過去には、一般人や軍人への暴行事件も発生しました。

班

金賢姫が在籍していた頃は、情報班、外国語班、戦闘員班の3つの班があったとされていますが、教育課程が公表されていないため、真偽は不明です。

1990年代の6年制課程では、案内班、航海班、機関班、通信班といった班があり、各班の学生数は18人から23人程度でした。

分校には、工作班、養成班、研究班が設けられています。

教育

安明進の証言によれば、学生は毎日最低7回「首領と党のために自爆、自殺しよう！」と叫びながら生活していました。これは食事や授業開始時に義務付けられていました。

語学教育では、潜入先で現地人と見分けがつかないように徹底的な訓練が行われます。金賢姫は日本語をネイティブレベルで話せるようになり、安明進も韓国各地の方言を使いこなせるようになりました。

また、スパイ映画など外国の映画を視聴し、議論することもカリキュラムに組み込まれていました。

軍事訓練

大学では、陸上訓練、水中訓練、格闘訓練、短刀操法、射撃訓練、海上訓練など、多岐にわたる軍事訓練が行われます。

陸上訓練では、砂袋を背負ってのランニングや、山道を歩く訓練、ピット訓練、自動車やオートバイの運転訓練が行われます。

水中訓練では、長距離を泳ぎ切る訓練や、潜水訓練、寒冷克服訓練が行われます。

格闘訓練では、素手でブロックを割る訓練や、棍棒で打たれる訓練、ガラスの上で横になる訓練など、過酷な訓練が行われます。

射撃訓練では、手榴弾や無反動砲も使用し、実戦さながらの訓練を行います。

海上訓練では、工作船の操縦や無線通信、レーダー操作の訓練が行われます。

合法訓練・半合法訓練・非合法訓練

変装訓練、進入訓練、盗みの訓練、拉致訓練、テロ訓練など、様々な訓練が行われます。特にテロ訓練では、実際の放送局を使った破壊訓練も行われます。

韓国人化訓練

工作員が韓国人化するための訓練が5ヶ月間行われます。訓練場所は地下トンネル内に再現されたソウルの街で、拉致された韓国人などが講師を務めます。ここでは、訛りの習得や韓国の社会・文化、軍の内情などを学びます。

拉致指令と拉致訓練

工作員には、拉致の指令が与えられており、その訓練も行われます。日本に侵入する工作員は「赤子の手をひねるようなもの」と豪語し、拉致は「メシ食ってクソするくらい簡単」だと考えているそうです。拉致には麻酔薬入りのハンカチや袋が使用され、抵抗するとますます締め付けられる仕組みになっています。

拉致は、分断された朝鮮半島を赤化統一するための「祖国統一の偉業」のために必要な行為であるとされています。拉致された日本人は、日本語教育や日本の文化・風習を教えるための教官として利用されます。

教官

教官は、金正日政治軍事大学OBの工作員が務めることが多いです。外国人化訓練では、拉致された外国人が教官を務めることもあります。例えば、横田めぐみは、金淑姫の日本語教師を務めていたという証言があります。

卒業生

卒業生は、各地の工作員連絡所に配属され、専門教育を受けた後、対南工作員や対日侵入工作員として活動します。これらの連絡所は、任務に必要な通信機器や船舶、装備などをそろえるために、世界中で様々な謀略活動を行います。

主な卒業生には、李善実、丁順権、金賢姫、金淑姫、金東植、安明進などがいます。

金正日政治軍事大学は、北朝鮮の対外工作活動の中核を担う重要な機関であり、その実態は依然として多くの謎に包まれています。

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