鉤弋夫人

鉤弋夫人（こうよくふじん）

鉤弋夫人（? - 紀元前88年）は、前漢の武帝の婕妤（側室）であり、昭帝の生母として知られています。趙氏を名乗り、河間国武垣県（現在の河北省一帯）の出身です。彼女はまた、拳夫人とも呼ばれていました。

伝説的な出会いと懐妊

武帝が河間国に行幸した際、望気者（雲気を見て吉凶を占う者）が、この地に特別な女性がいると告げました。武帝が探し求めたところ、趙姓の少女が見つかりました。この少女は、幼い頃からずっと拳を握りしめて開いたことがなかったと言われています。武帝が自ら彼女の手を開かせると、中から鉤玉が現れました。武帝はこれを吉兆と喜び、趙氏を夫人として迎え入れ、寵愛しました。

鉤弋夫人は、妊娠14ヶ月を経て劉弗陵（後の昭帝）を出産しました。堯の母も14ヶ月の妊娠期間を経て堯を産んだという伝説があり、武帝は彼女の出産を非常に喜んだと伝えられています。そのため、彼女が住む宮殿の門を「堯母門」と名付けました。

皇太子擁立と悲劇的な死

劉弗陵は、武帝の末子として特別な愛情を受けて育ちました。征和2年（紀元前91年）に発生した巫蠱の禍により、戾太子劉拠とその一族が誅滅された後、皇太子の地位は空位となりました。後元2年（紀元前87年）、武帝は劉弗陵を新たな皇太子に指名します。しかし、武帝は呂雉一族のような外戚による権力掌握を未然に防ぐため、劉弗陵の生母である鉤弋夫人を殺害することを決意しました。

鉤弋夫人が罪を得た理由については、はっきりとした記録が残っていません。ある日、彼女は武帝の元から連れ出され、有司（役人）に引き渡されました。その際、鉤弋夫人は後ろを振り返って武帝を見ましたが、武帝は「早く行け。そなたはもう生きられない」と言い放ったとされています。その後、間もなくして鉤弋夫人は亡くなりました。武帝は、次代皇帝の母が権力を握ることを恐れ、代わりに霍光、金日磾、上官桀らの大臣を補佐役として指名し、遺言を残しました。

死後の名誉と影響

昭帝が帝位に就くと、亡き母である鉤弋夫人に皇太后の位を追贈し、彼女の墓を女陵として改葬しました。しかし、鉤弋夫人の親族が官位を得ることはありませんでした。

鉤弋夫人の死は、後世に「子貴母死」という言葉を残しました。これは、北魏において、外戚の専横を避けるために、皇太子を立てる際にその生母を殺害するという慣習につながりました。鉤弋夫人の悲劇は、権力争いの犠牲となった女性の象徴として、歴史に刻まれています。

参考文献

『史記』巻49

関連項目

子貴母死

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