銀の弾丸 (山田正紀の小説)

『銀の弾丸』：和製クトゥルー神話の金字塔

山田正紀による短編SF小説『銀の弾丸』は、1977年に『小説現代』に掲載され、2017年には新装版単行本にも収録された、日本における初期のクトゥルフ神話作品の一つです。創土社版の公式見解では、和製クトゥルー小説の2作目、かつ短編としては日本初の作品とされています。作者自身は執筆当時、クトゥルフ神話を意識していなかったと述べていますが、その革新的な内容から、日本におけるクトゥルフ神話の先駆けとして高い評価を得ています。

本作は、能と軍事宇宙開発という、一見無関係な要素を巧みに融合させています。クトゥルフ神話を題材としながらも、従来の神話における善悪二元論を覆す、大胆な解釈が試みられています。神と悪魔、どちらが真に神であり、どちらが悪魔なのかという問いかけは、読者に深い思考を促します。

SF評論家の東雅夫氏は、『クトゥルー神話事典』において、『銀の弾丸』を「クトゥルー・ハードボイルド」と評し、旧支配者＝悪、人類＝善という従来の神話的大原則に疑問を呈した、作者の才気あふれる作品と解説しています。また、同氏は山田正紀の『神狩り』シリーズについても言及し、神という概念をめぐる大胆なSF的思考実験として高く評価しています。

衝撃のストーリー：クトゥルフ召喚と暗殺計画

物語は、ローマでクトゥルフを目撃し、天啓を得た壬生織子という女性を中心に展開します。彼女はクトゥルフの解放を自身の使命とし、能楽師の堤兼資に「クトゥルフ招喚の舞」を教えます。織子は、この舞を「織田信長時代の宣教師たちが、キリスト教布教のために創作したバテレン能」として偽装し、日本からヴァチカンに捧げるという計画を進めます。

アテネのパルテノン神殿で行われる奉納式は、世界中から注目を集める一大イベントとなり、ローマ教皇も出席し、全世界に衛星中継されることになります。織子は兼資と恋仲になりますが、その密会を週刊誌記者に撮られ、恐喝される事態に。しかし、その記者は人体発火により死亡するという不可解な事件が発生します。

この事件をクトゥルフの仕業と見たHPL協会日本支部は、織子と兼資の調査を開始します。協会の工作員である榊は織子に接触しますが、逆に翻弄され、昏睡状態に陥ってしまいます。一方、協会は織子が衛星中継を利用して世界中にクトゥルフを召喚しようとしている計画を突き止めます。

織子を殺しても計画を阻止できないと判断した協会は、標的を兼資に変更し、榊と青木という二人の工作員に兼資の暗殺を命令します。しかし、厳重な警備の中での暗殺は容易ではなく、榊と青木は、軍事衛星からのレーザー砲を用いた極秘作戦を実行することになります。

緊迫した奉納式の中で、兼資はレーザーを回避しますが、錯乱した青木はローマ教皇の法杖を奪い、兼資を殺害してしまいます。青木は警備員に射殺され、事件は麻薬中毒者の犯行として処理されます。

全てが終わった後、榊は織子と対決しようとしますが、織子は既に自殺していました。織子の部屋にはクトゥルフが現れますが、すぐに姿を消し、榊もその場を去ります。アルコールに溺れながらも、クトゥルフとの戦いを続けるであろう榊の姿が、物語の最後を締めくくります。

主要登場人物

榊: HPL協会の工作員。アルコール中毒に苦しむ。
青木: HPL協会の工作員。薬物中毒に陥っている。
和尚: HPL協会日本支部長。天台宗の僧正という表の顔を持つ。
壬生織子: ショービジネスのプロモーター。クトゥルフ召喚を企む。
堤兼資: 能楽師。織子の恋人。
赤瀬: 週刊誌記者。織子と兼資を恐喝する。
* ローマ教皇: 197X年時点のローマ教皇。

HPL協会とクトゥルフ

物語において重要な役割を果たすのは、「HPL協会」という架空の組織です。ラヴクラフトを彷彿とさせる名称とは裏腹に、その実態はクトゥルフを召喚しようとする危険な組織であり、物語に陰惨なリアリティを与えています。「クトゥルフ」は、物語における謎めいた存在であり、その真の姿は最後まで明かされません。

『銀の弾丸』は、クトゥルフ神話を独自に解釈し、能楽や国際政治といった現実世界の要素と見事に融合させた、他に類を見ない作品です。その衝撃的な展開と、登場人物たちの葛藤は、読者に深い印象を残すことでしょう。

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