長澤鼎

カリフォルニアのワイン王、長澤鼎の生涯

長澤鼎（ながさわかなえ、本名:磯永彦輔）は、1852年に薩摩藩士の家に生まれました。13歳という若さで藩命によりイギリスに留学し、その後アメリカに渡り、カリフォルニアでワイナリーを経営。「カリフォルニアのワイン王」「葡萄王」「バロン・ナガサワ」として、その名を世界に轟かせました。彼の生涯は、激動の時代を生き抜いた一人の日本人の物語として、今も多くの人々に感銘を与えています。

薩摩藩士から留学生へ

長澤は、薩摩国鹿児島城下で代々天文方を務める家系の四男として生まれました。父は儒学者であり、幼少期から学問に親しむ環境で育ちました。1864年、薩摩藩の洋学校である開成所に入学し英語を学び始めます。薩英戦争での敗北を経験した薩摩藩は、イギリスとの連携による近代化を模索し、その一環として留学生を派遣。1865年、長澤は最年少の13歳で第一次英国留学生として選ばれました。

共に留学した仲間には、後に親友となる森有礼をはじめ、吉田清成、五代友厚、鮫島尚信、寺島宗則といった錚々たるメンバーがいました。他の留学生はロンドン大学に進学しましたが、長澤は年齢の関係でスコットランドのアバディーンに滞在し、貿易商トーマス・ブレーク・グラバーの家に身を寄せ、現地のグラマー・スクールで2年間学びました。学業成績は非常に優秀で、特に英文法などの6科目でトップクラスの成績を収めました。また、喧嘩も強かったと伝えられています。なお、渡米後も彼の英語にはスコットランド訛りが残っていたそうです。

アメリカでの新生活とワイン造り

幕末維新の動乱により薩摩藩からの送金が途絶える中、多くの留学生が帰国を余儀なくされました。しかし、長澤を含む6名は、性的心霊主義者として知られるトマス・レイク・ハリスを信奉していたローレンス・オリファントの招きで、1867年にアメリカへ渡ります。ハリスが主宰するキリスト教系新興宗教団体「新生兄弟社」に入り、信者たちと共同生活を送ることになりました。

他の留学生の中にはハリスの思想に違和感を覚え離脱する者もいましたが、長澤は森有礼らと共に教団に残り、厳しい労働と信仰生活を送りました。1870年には短期間ながらコーネル大学にも通いました。1871年、アメリカに永住することを決意し、教団の経営を支えるため、ニューヨークでワイン醸造を学び始めます。彼はワイン原料となる葡萄栽培を中心とした農業で教団の財政を支え、その過程でワイン造りの才能を開花させていきました。

カリフォルニアでの成功と苦難

1875年、教団はカリフォルニア州サンタローザに広大な土地を購入し、ハリスはそこを「ファウンテングローブ」と名付けました。1882年には大規模なワイン醸造所が完成し、1893年にはカリフォルニアワイン生産量の1割を占める大手に成長しました。長澤が手がけたワインは品質が高く、品評会で2位に入賞したこともあります。その製品はイギリスや日本にも輸出され、高い評価を受けました。

しかし、新生兄弟社の異端思想に対する批判が高まり、1890年代前半にハリスが引退すると、教団は事実上解散します。長澤は1900年にワイナリーを教団から買い取り、品質向上に一層努力。カリフォルニア大学デービス校の教授に醸造技術を学ぶなど、研究を重ね、高級ワインを造り上げました。フランスに特約店を設けたり、苗木を輸入するなど、経営者としての才能も発揮しました。彼のワインは数々のコンクールで好成績を収め、イギリスに輸出された最初のカリフォルニアワインとしても知られています。

1906年にハリスが亡くなると、農場などの遺産を長澤が引き継ぎました。彼は生涯独身であったため、甥の伊地知共喜とその妻ヒロら親族を呼び寄せ、共に生活しました。長澤は威厳がありながらも温厚で気さくな人物であり、農学者バーバンクや新渡戸稲造といった著名人も彼の農場を訪れています。

晩年と遺産

ワイン王として成功を収めた長澤でしたが、その晩年は苦難の連続でした。農園が害虫や火災に見舞われただけでなく、1920年に施行された禁酒法がワインビジネスに大きな打撃を与えました。また、日系アメリカ人に対する排斥運動が激化し、日本人による土地の所有が禁止されるなど、逆風が吹き荒れました。

1934年、長澤は82歳でその生涯を閉じました。生前、自身の苦労や成功について多くを語ることはありませんでしたが、身内には「普通なら死んでしまうような苦労だった」と本音を語っていたそうです。ワイナリーは甥の伊地知共喜が引き継ぎましたが、莫大な土地財産は外国人土地法により相続できず、親族は遺産のほんの一部しか受け取ることができませんでした。太平洋戦争開戦後には、日系人キャンプへ送られるなど、悲劇に見舞われました。

長澤の存在は長い間、一般にはほとんど知られていませんでしたが、1983年にアメリカ大統領ロナルド・レーガンが日米交流の祖として長澤の名を挙げたことで、広く知られるようになりました。レーガンは長澤を「カリフォルニアの葡萄王」「サムライから実業家になり、日米両国に多くをもたらした」と称賛しました。2011年には鹿児島県の職員がサンタローザから持ち帰った資料から、日記の原文などが発見され、彼の生涯がより深く解明されています。

長澤鼎の生涯は、異国の地で成功を収めた一人の日本人の物語として、現代にも多くの示唆を与え続けています。

家族とエピソード

長澤の家族には、兄の磯長吉輔（写真家・磯長海洲の父）や、実弟で金融・武器で財を成した赤星弥之助、甥の赤星鉄馬などがいます。

禁酒法時代、長澤は密売を持ちかけた業者に対し、樽を割って拒否したというエピソードが残っています。また、主君である島津忠重が乗艦でサンフランシスコに寄港した際には、土下座をして歓迎しました。

2007年には、サンタローザ市が長澤の功績を讃え、ワイン醸造所と農園跡地に「Nagasawa Community Park」を建設しました。彼の遺骨は1952年に日本に帰国し、鹿児島市に埋葬されました。

鹿児島中央駅前には、長澤の銅像が建てられています。また、鹿児島市内の公園には、彼の生誕を記念する石碑も建立されています。

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