阿部市郎兵衛 (7代)

7代目阿部市郎兵衛：近代日本の産業を支えた近江商人

7代目阿部市郎兵衛（1837年 - 1904年）は、明治維新期に活躍した近江商人です。彼は繊維産業、鉄道、銀行など、多岐にわたる事業の支援者として、日本の産業育成に大きく貢献しました。

生涯

阿部市郎兵衛は、天保8年（1837年）に近江国神崎郡能登川村（現在の滋賀県東近江市能登川町）で生まれました。幼名は元太郎といいました。父は近江商人阿部市郎兵衛家（屋号『紅屋』）の分家、阿部市太郎家の2代目当主（通称吉太郎）でした。本家には継嗣がいなかったため、元太郎は伯父である6代市郎兵衛の養子となり、安政4年（1857年）に7代目市郎兵衛として家督を継ぎました。

家督を継承後、紅屋の家業である麻布商を営むと共に、米穀肥料問屋の業務を新たに始めました。事業の発展に伴い、千石船を十数隻も所有し、北海道や九州など各地の物産を江戸や大阪へ輸送・販売しました。明治12年（1879年）には西洋型帆船を建造し、明治15年（1882年）にも千五百石積の帆船を新造するなど、積極的に事業を拡大しました。相次ぐ帆船の新造は評判となり、東京商船学校の研修も受け入れたと伝えられています。

明治維新による産業興隆の機運の中、市郎兵衛は新規事業への参入意欲も旺盛で、様々な事業に進出、または支援を行いました。

主な事業と貢献

関西鉄道

京と名古屋を直接結ぶ鉄道敷設計画に賛同し、滋賀県議会議員らと共に発起人となり、明治20年（1887年）に関西鉄道株式会社の設立を申請しました。翌年、会社設立が認可され、滋賀県内の草津・三雲間が開通し、順次営業区間が拡大しました。

阿部ペイント製造所

明治21年（1888年）には、阿部ペイント製造所を大阪に設立し、社長に就任しました。この会社は後に買収され、現在の大日本塗料となっています。

金巾製織

滋賀県知事の勧奨に応じて、阿部周吉や伊藤忠兵衛らと共に金巾製織株式会社を設立しました。明治23年（1890年）には初代社長に就任し、日本の繊維産業の発展に貢献しました。この会社は後に大阪紡績と合併し、東洋紡績（現東洋紡）へと発展しました。

阿部製紙所

洋紙需要の急増に対応するため、明治24年（1891年）に阿部製紙所を大阪に設立し、社長に就任しました。製紙工場は火災に見舞われるなどの困難もありましたが、新工場を建設し、事業を拡大しました。この会社は後に日本製紙(株)を経て富士製紙と合併し、現在の王子製紙となっています。

近江銀行

明治27年（1894年）には近江銀行の創設に加わり、監査役に就任し、地域経済の発展に貢献しました。

近江鉄道

湖東地域の内陸部を結ぶ鉄道計画を支援し、明治29年（1896年）に設立された近江鉄道株式会社の経営に参画しました。設立当初の資金難を乗り越え、明治31年（1898年）には社長に就任し、鉄道網の整備に尽力しました。

その他の事業

その他にも、内外綿、真宗信徒生命保険（現東京生命）、大日本製糖株式会社（現大日本明治製糖）、京都企業銀行、明治銀行、七尾鉄道株式会社など、数多くの企業の設立に関わり、日本の産業の多角的な発展を支えました。渋沢栄一が創立委員長を務めた京北鉄道でも役員を務めました。

これらの新規事業創設には、阿部一族が結束して取り組みました。金巾製織では弟である3代目阿部市太郎が市郎兵衛の後を継いで社長となり、近江鉄道では同じく弟である2代目阿部市三郎が社長となりました。また、従兄弟である2代目阿部彦太郎は、市郎兵衛が展開した回船事業を引き継ぎ、大阪商船等の役員となりました。

晩年は、弟である2代目市三郎の長男を養子とし、8代目として家督を譲りましたが、養子が早世したため、7代目市郎兵衛が亡くなるまで家政を見ました。市郎兵衛は明治37年（1904年）にその生涯を閉じました。

栄典

1887年（明治20年）には従六位に叙せられ、金製黄綬褒章を受章しました。

阿部市郎兵衛は、近江商人としての才覚と、日本の産業発展への強い情熱をもって、多岐にわたる事業を成功させました。彼の功績は、日本の近代化に大きく貢献したと言えるでしょう。

もう一度検索