阿部雅一郎

阿部雅一郎：木材王と競走馬主の二つの顔

阿部雅一郎氏（1937年1月12日-2012年11月21日）は、日本の実業家であり、同時に競馬史に名を刻む著名な競走馬主でした。木材卸売業からスタートした阿部木材工業（現アベキャピタル）を、多角経営を行う企業グループへと発展させた手腕と、数々のGI競走優勝馬を所有した馬主としての活躍は、彼の多彩な人生を象徴しています。

企業家としての阿部雅一郎

慶應義塾大学卒業後、家業である阿部木材工業に入社した阿部氏は、1964年、父の急逝に伴い、27歳の若さで社長に就任します。当時、良質な無垢材の供給が困難になりつつあったという状況の中、彼は合板製造への進出を決断。1967年には「阿部合板」を設立し、その後も積極的な事業展開を続けます。

田中角栄政権下の日本列島改造計画は、阿部木材工業グループの成長に大きな追い風となりました。1994年時点では、阿部木材工業、阿部合板、阿部物流、松江プライウッド、アベトレーディングなどを傘下に収めるまでに企業規模を拡大。そのグループ企業には、阿部氏自らコース設計を手掛けた島根ゴルフ倶楽部も含まれていました。1997年には社長職を息子に譲り、会長に就任。東京木材市場取締役も兼任するなど、木材業界における影響力は絶大でした。

競走馬主としての阿部雅一郎

阿部氏の馬主としての活動は、父・阿部雅信氏の影響が大きいです。父は国営競馬時代から馬主として活動し、「ヒシ」の冠名で数々の重賞勝ち馬を所有していました。幼少期から父に連れられて競馬場に通っていた阿部氏は、1981年に父が他界すると、約200頭に及ぶ競走馬・繁殖馬を引き継ぎます。

しかし、父の代からの馬は血統が偏っていることや、競馬にかかる費用が本業を圧迫するほどに膨れ上がっていたことから、彼は大胆な決断をします。7年もの歳月をかけて、父ゆかりの馬を整理し、新たな馬の購入へと舵を切ったのです。しかし、日本の閉鎖的な馬取引の慣習に直面した阿部氏は、競り市が盛んなアメリカへ目を向けます。

1989年、初めてケンタッキー州の競り市に参加。100万ドルという高額でアイリッシュ1000ギニー優勝馬ケイティーズを落札するなど、積極的な買い付けを展開。その後も数々の良血馬を買い入れ、特にヒシアマゾン、ヒシアケボノ、ヒシミラクルといったGI優勝馬を輩出することで、競馬界に大きな足跡を残しました。これらの馬たちは、関東・関西の様々な厩舎に預託され、中でも佐山優厩舎とは、二代目ヒシマサルの購入を機に深い信頼関係を築きました。角田晃一騎手は「ヒシ」軍団の主戦騎手として活躍し、多くのGI勝利に貢献しました。

晩年、阿部氏はヒシアマゾンの引退後に、種牡馬として実績の乏しいヒシマサルとの交配という異例の決断をしました。周囲からの「息子があなたの馬を整理することになる」という懸念に対して、阿部氏は「効率や経済性ばかりを追い求めても面白くない。夢や執念が大切だ」と持論を展開。この言葉には、彼のビジネスマンとしての成功と、競馬への情熱が凝縮されていると言えるでしょう。

まとめ

阿部雅一郎氏は、木材事業での成功と、競走馬主としての華々しい活躍の両面において、類まれな才能と胆識を示した人物でした。彼の遺した功績は、今もなお日本の木材業界と競馬界に大きな影響を与え続けています。 彼の生き様は、多くの経営者や競馬ファンに、夢と情熱の大切さを教えてくれるでしょう。そして、経済的成功のみならず、自身の情熱を追い求めることの重要性を示唆しています。父から受け継いだ「ヒシ」の冠名は、日本の競馬界に永遠に刻まれることでしょう。

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