阿里莫本源氏物語

阿里莫本源氏物語：江戸時代前期の貴重な源氏物語写本

概要

阿里莫本源氏物語は、天理大学天理図書館に所蔵されている源氏物語の写本です。古伝本系の別本に分類され、陽明文庫本、国冬本、御物本、保坂本などと同じく重要な写本として知られています。特に、同じく天理図書館所蔵の麦生本や中京大学所蔵の中京大学本と本文が非常に類似している点が注目されています。

写本の名称は、かつて阿里莫神社（特定は困難）に所蔵されていたことに由来します。源氏物語大成研究編では28帖のみが紹介されていますが、現存する写本は桐壺から夢浮橋までの54帖に加え、雲隠六帖を含む全60帖からなります。成立時期は江戸時代前期の1692年（元禄5年）と推定され、高坂松陰による一筆書きと見られています。

伝来

阿里莫本は昭和初期、麦生本とほぼ同時期に東京の古書店で発見され、その後、池田亀鑑氏が入手しました。池田氏は『校異源氏物語』（源氏物語大成）において、本写本の28帖を校異本文として採用しました。太平洋戦争中には麦生本と共に所在不明となりましたが、戦後、古書店である弘文荘反町茂雄氏を経て、天理図書館に収蔵されることとなりました。現在も天理図書館で大切に保管されています。

本文の特徴と研究

池田亀鑑氏は、『源氏物語大成研究編』において、阿里莫本と麦生本を「注釈的意図を持って扱われた写本」と位置づけています。しかし、これはあくまでも傾向を示唆したものであり、断定的なものではありません。

『校異源氏物語』で対校本文として採用されたのは、空蝉、薄雲など28帖のみです。残りの帖は、主に青表紙本や河内本に類似した本文を持つもの、あるいは青表紙本や河内本に近い別本と推測されるものが除外されています。岡嶌偉久子氏の分析によると、池田氏が採用しなかった帖は、青表紙本や河内本系統の本文に極めて近いものであると考えられます。

一方、『源氏物語別本集成』では、阿里莫本の全54帖が対校本文として採用されており、本文全体を確認することができます。現在、阿里莫本単独の影印本や翻刻本は存在しませんが、池田氏の校異作業を通じて、その本文は学界に貢献しています。 中京大学本や麦生本との比較研究も盛んに行われており、源氏物語本文の多様性や成立過程を解明する上で、重要な資料となっています。特に、夕霧の官位表記や匂宮・中の君像の描写など、中京大学本、麦生本との比較検討を通して、阿里莫本の本文の特徴が明らかにされつつあります。

参考文献

池田亀鑑「阿里莫本源氏物語」『源氏物語大成 研究編』中央公論社
大津有一「諸本解題 天理図書館蔵阿里莫本源氏物語」『源氏物語事典下巻』東京堂
岡嶌偉久子「中京大学図書館蔵『源氏物語』について -麦生本・阿里莫本との関係-」『中京大学図書館学紀要』第13号、1992年
岡嶌偉久子「第二編 別本における麦生本系譜本」の「第三章 中京大学図書館蔵源氏物語（五巻五冊本） -麦生本・阿里莫本との関係-」として『源氏物語写本の書誌学的研究』おうふう、2010年
藤井日出子「右大臣と左大臣--中京大本・麦生本・阿里莫本における夕霧の官位表記をめぐって」『国際教養学部論叢』第2巻第1号、2009年
藤井日出子「源氏物語総角の巻の中京大本・阿里莫本の本文--匂宮・中の君像の造形をめぐって」『中京国文学』第21号、2002年

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