雨 (多田武彦)

合唱組曲『雨』

合唱組曲『雨』は、日本の作曲家・多田武彦（ただ たけひこ）によって生み出された無伴奏合唱曲です。組曲のタイトルであるとともに、その最終曲の題名でもあります。この組曲は、まず男声合唱版として作曲され、後に混声合唱版も編曲されました。

作曲の経緯と背景

多田武彦は1960年、全日本合唱コンクールの課題曲として、単曲の男声合唱曲「雨の来る前」を発表しました。その後、明治大学グリークラブからの依頼を受け、この曲を起点とした組曲の構想を練り上げます。そして1967年5月28日、第16回東京六大学合唱連盟定期演奏会にて、外山浩爾氏の指揮により男声合唱版が初演されました。

『雨』が生まれる数年前、多田は文化庁芸術祭参加作品として混声合唱組曲『京都』を発表し、奨励賞を受賞しました。しかし、『京都』は高度な技巧を凝らした難解な作品であり、作曲者自身「これ以上の曲は書けない」と感じ、一時的に作曲活動から離れます。この休筆期間中、多田のもとには、以前の作品集『柳河風俗詩』や『中勘助の詩から』のように、「初心者でも練習すれば歌える、親しみやすく香りの高い組曲をこれからも書いてほしい」という多くの声が寄せられました。こうした期待に応え、「いつまでも親しまれる曲」「自分が本当に書きたいと思った曲」として発表されたのが、この組曲『雨』でした。

多田のそれまでの組曲は、通常一人の詩人の作品で構成されていましたが、『雨』では異なる詩人の詩が選ばれています。これは、百数十篇に及ぶ「雨」に関する詩の中から、組曲のテーマに最もふさわしいものを選び、秋から冬にかけての季節の流れや、全体の起承転結を考慮して構成されたためです。

また、作曲活動を休止していた1965年から1966年頃、多田はフォークソングなどポピュラー音楽の制作にも関わりましたが、数年で限界を感じます。そのような折、外山浩爾氏からの依頼で作曲したのが『雨』であり、この作品の成功が再び合唱曲創作へ向かう大きな契機となったと語っています。ただし、多田の子息からは『柳河風俗詩』などに比べて作風が異なるとの指摘もあり、畑中良輔氏がこの曲をあまり取り上げなかったことについて、多田自身も従来の自分の個性をやや逸脱していたのではないかとの内省的な言葉を残しています。

男声版の初演から長い時を経て、2003年には混声合唱版が発表されました。

楽曲構成と解説

組曲は全6曲で構成され、すべて無伴奏で演奏されます。

1. 雨の来る前
伊藤整の詩による作品です。後に組曲の基となる単曲として発表されました。混声版では調性が変更されています。第2曲との対比を通じて、男声合唱の幅広い表現力が示されます。

2. 武蔵野の雨
大木惇夫の詩による作品です。作曲者が武蔵野で取材中にミューズが宿ったというエピソードが残されています。雨の情景が、男声合唱による静寂な表現で描かれます。

3. 雨の日の遊動円木
こちらも大木惇夫の詩による作品です。雨で子どもの姿がない公園の寂しさや孤独感、そして雨風で揺れる遊動円木の冷たい情景が歌われます。語りかけるような旋律と情景の対比が印象的です。

4. 十一月にふる雨 または 雨 雨
初版は堀口大學の詩による「十一月にふる雨」で、人生の悲哀や悲壮感が描かれています。しかし、1982年の改訂時に、尾形亀之助の詩による「雨 雨」に差し替えられました。これは「十一月にふる雨」に含まれる差別用語への配慮とされています。多田は改訂後、「十一月にふる雨」の再版・再演を一切認めませんでした。「雨 雨」は組曲中ひときわ難易度が高く、改訂時期における作曲者の作風の変化を感じさせる曲です。なお、混声版は初版から「雨 雨」が採用されています。

5. 雨の日に見る
大木惇夫の詩による作品です。冬の雨の日の薄暗さの中に浮かび上がるザボンの実の情景が、淡い色彩感をもって歌われます。

6. 雨
八木重吉の未刊の詩編による終曲です。作曲者はこの曲に特別な思いを寄せており、将来つらい時に慰めとなり、静かに死を迎える際の鎮魂曲となるだろうと述べています。雨音のように心が静かに落ち着いていくような、達観した境地が表現されています。この曲のみ、1999年に女声合唱版が発表されましたが、現在は版元廃業により絶版となっています。

楽譜

男声合唱版は「多田武彦 男声合唱曲集（4）」に、混声合唱版は「多田武彦 混声合唱曲集「雨」」にそれぞれ収録され、いずれも音楽之友社より出版されています。

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