青木月斗

青木月斗（あおき げっと）

青木月斗は、明治12年（1879年）に大阪で生まれ、昭和24年（1949年）に71歳でその生涯を閉じた日本の俳人です。本名を青木新護といい、近代俳句の革新者として知られる正岡子規に師事しました。

生い立ちと俳句への道

大阪市東区（現在の大阪市中央区）船場にあった「青木薬房」という薬問屋の跡取りとして生を受けました。この薬房は、神薬快通丸や天眼水といった商品を扱う由緒ある家でした。母方の家系に文芸を愛好する者がいたため、幼い頃から文学的な素養を育む環境にありました。また、小学校時代には文学者の斎藤黙蛙に学び、画家の西山翠嶂や赤松麟作、俳人の山中北渚、松村鬼史といった面々と交友を結び、若き日の感性を磨きました。

明治22年（1889年）に父を亡くした後、明治27年（1894年）には道修町へ転居。家業を継ぐ準備のため大阪薬学校（後の大阪薬学専門学校）に入学しますが、やがて中退し、本腰を入れて家業に取り組むことになります。

子規との出会いと関西俳壇での活動

俳句の道へ本格的に足を踏み入れたのは、明治30年（1897年）のことです。この年、国民新聞への投句を開始し、当初は「月兎（げっと）」の俳号を使用していました。翌年には友人たちと共に俳句会「三日月会」を立ち上げ、句作に励みます。

明治32年（1899年）には、東京の新聞『日本』に投句した作品が正岡子規の目に留まり、その才能を高く評価されます。同年秋には、自らが中心となり俳誌『車百合』を創刊しました。この雑誌は、関西における俳句専門誌としては草分け的な存在となり、子規からも「俳諧の西の奉行や月の秋」という祝句を贈られるなど、大きな期待を寄せられました。同年12月には上京し、子規が病床に伏せる根岸庵を訪ねて一泊。翌日の蕪村忌にも列席し、子規との親交を深めています。

以降、大阪の俳壇において、子規門下の松瀬青々（俳誌『倦鳥』主宰）と並び称される存在として、関西俳壇の黎明期を牽引しました。

俳句活動の広がりと信念

明治33年（1900年）には、妹の茂枝が同じく子規門下の俳人、河東碧梧桐と結婚しています。この結婚の仲人は松瀬青々が務めました。後に、青木月斗の三女である御矢子が河東家の養女となり、御矢子の早逝後には三男の駿が河東家に入籍するなど、河東家との間には深い縁が結ばれました。

俳誌『車百合』は明治35年（1902年）に廃刊となりますが、その後も『くぢら』や『俳星』など、各地の俳句雑誌に積極的に寄稿を続けました。関西や、商用で訪れた九州の句会にも頻繁に出席し、地域の俳句振興に貢献しています。

当時、高浜虚子らが主導する『ホトトギス』系の伝統俳句に対し、河東碧梧桐らが新たな表現を模索する新傾向俳句が台頭していましたが、青木月斗は新傾向俳句の無季や非定型といった動きには同調しませんでした。彼は、正岡子規が確立した写生に基づく伝統的な俳句の形式と精神性を重んじ、大正4年（1915年）には『ホトトギス』の課題選者も務めています。

文学や美術の各界に幅広い人脈を持ち、日野醉來が宮武外骨と共に発行した『不二新聞』の文芸欄を担当したり、『大阪新報』をはじめとする各地の新聞で俳句選者を務めたりしました。同時に、関西や九州で開かれる句会で精力的に指導を行い、後進の育成に力を注ぎました。

明治40年（1907年）には、俳号を「月兎」から「月斗」と改めます。大正5年（1916年）には、美術と俳句を組み合わせた独自の雑誌『カラタチ』を主幹。そして大正9年（1920年）、終生の活動拠点となる俳誌『同人』を創刊しました。以後、『同人』の主宰として、与謝蕪村から正岡子規へと受け継がれた正統的な俳句の普及と指導に生涯を捧げました。

人柄と作風、そして没後

青木月斗は、名誉や利益を追うことなく、俳句の道に対しては非常に厳格でありながら、人に対しては温かく優しい人柄で知られていました。豪快さと共に細やかな気配りと洒脱さを併せ持ち、多くの人々から深く慕われました。その純粋な俳句への姿勢ゆえに、一時期はいわゆる「俳壇」とは距離を置いた時期もありましたが、西日本俳句界における重鎮として揺るぎない存在感を放ち、全国に多数の優れた俳人を育てています。また、力強く流麗な独特の書風も広く親しまれました。

彼の俳句観は、「句は味であり、句は調べである」「句は情緖を根本としなければならぬ」という言葉に集約されます。さらに、「句品が高からねばよくない。句と人とは、別のものにあらず。句によって人を作り、人格を修めて、初めてよき句を産むなり」と述べ、俳句の質の高さが人間の品格と結びつくことを強調しました。理想とする句のあり方として、「健全であること。明朗であること。淡白で、率直で、さらさらした句がよい。そしてその中に情味があるものが名句である」と語っています。これらの言葉は、与謝蕪村の芸術性と正岡子規の写生精神を受け継ぎながら、独自の俳句世界を追求した月斗の俳句に対する真摯な姿勢を示しています。

代表的な句としては、

初夢やうらうらとして金砂子
春愁や草を歩けば草青く
金魚玉に聚まる山の翠微かな
柘榴自ら侘しきものと思へるや
* 女狐の耳まで裂くる欠びかな

などがあります。

昭和20年（1945年）、戦火を避けるため奈良県大宇陀町（現在の宇陀市）へ疎開。そこで暮らし、昭和24年（1949年）3月17日、肝硬変のため71歳で波乱の生涯を終えました。辞世の句は「臨終の庭に鶯鳴きにけり」。

墓所は、自身が敬愛した与謝蕪村の墓がある京都の一乗寺、金福寺にあります。門人らで組織された同人社によって、蕪村の墓に寄り添うように建てられました。月斗の没後、『同人』の主宰は菅裸馬が引き継ぎました。没後も多くの俳人や関係者から追慕され、月斗が亡くなった3月17日は、辞世の句にちなんで「鶯忌（うぐいすき）」と呼ばれ、その遺徳が偲ばれています。

主な著書に句集『月斗翁句抄』や『子規名句評釋』があります。また、『同人』の類題句集の編纂や、『現代日本文學全集』『俳句講座』『続俳句講座』『俳諧歳時記 夏の部』『俳句三代集』といった改造社の出版物にも多くの執筆や編纂、選者として関わっています。

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