飫肥

飫肥（おび）とは

宮崎県日南市の中央部に位置する飫肥は、かつて伊東氏が治めた飫肥藩の城下町として栄えました。その歴史的な町並みから「九州の小京都」とも呼ばれ、多くの観光客が訪れる人気のエリアです。江戸時代初期からの地割が今も残り、武家屋敷や商家が軒を連ねる風景は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。この記事では、飫肥の歴史、地理、城下町の構造、そして復元事業について詳しく解説します。

地理と歴史

飫肥の地は、平安時代に藤原荘園として開拓されたのが始まりです。交通の要所として栄え、南方には海上交通の拠点である油津港や外之浦港があり、西方には都城へと続く道が通っていました。飫肥城は、北側の丘陵を利用して築かれましたが、詳しい創建時期は不明です。一説には、荘園時代に置かれた日向八院の一つである飫肥院がその起源とも言われています。

酒谷川が「ひ」の字状に曲がりくねって流れる地形が、飫肥の特徴です。東、西、南の三方を川に囲まれ、天然の要害となっています。室町時代末期には、島津氏が伊東氏の南下に対抗するために新納忠続を飫肥城に入城させました。その後、約100年にわたる伊東氏と島津氏の争奪戦が繰り広げられましたが、1587年の豊臣秀吉による九州征伐後、伊東祐兵が飫肥城に封じられ、以後、明治維新まで約280年にわたり伊東氏による治世が続きました。

飫肥城は、当初シラス台地の自然地形を利用した中世城郭でしたが、1684年の大地震で大きな被害を受けました。その後、1687年から8年をかけて大改築が行われ、塁壁や石垣を多用した近世城郭へと生まれ変わりました。ただし、城郭全体を見ると、自然地形をそのまま利用した部分も多く残っています。

飫肥藩は、山地が多く平地が少ないため、農産物の生産高は高くありませんでした。しかし、飫肥地区は山林資源に恵まれており、特に飫肥杉は成長が早く、油分が多くて軽くて弾力性に富むことから、造船材として全国的に知られていました。飫肥杉は、藩の財政を支える主要な専売品として、重要な役割を果たしました。

1871年の廃藩置県により、城内の建物はすべて取り壊されましたが、明治から昭和にかけて、飫肥杉の好景気が続きました。1913年には、県内初の軽便鉄道が飫肥と油津の間で開通し、1950年には、飫肥町、吾田町、油津町、東郷村が合併して日南市となりました。1974年からは、飫肥城の復元事業が開始され、1977年には飫肥が重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

城下町の構造

初代藩主の伊東祐兵は、すぐに城下町の建設に着手しました。1599年には、前鶴地区の屋敷割が行われ、1615年の一国一城令により、家臣団の飫肥城下への移住が促進され、城下町の建設が本格化しました。1652年から1659年に描かれた城下絵図を見ると、現在の飫肥とほぼ同じ地割が残っていることが分かります。城下町は、城の南側に広がり、平安京を模したとされる碁盤の目状の区画が特徴です。街路の幅も江戸時代初期のまま維持されており、街路に面した門や石垣、生垣などが良好に残っています。地割は、飫肥城に近い方から上級家臣、中級家臣、町家、下級家臣の順に屋敷が配置されていました。武家屋敷は、格式に応じて門を構え、地元の飫肥杉や飫肥石を使った建物や石垣、生垣で囲まれているのが特徴です。石垣は、飫肥石の切石積みや川原石の玉石積みなど、様々な種類が見られます。

明治時代以降、武家屋敷の多くは居住者が変わり、建て替えや敷地の細分化が進みましたが、地割や街路は江戸時代前期の面影を今に残しています。昭和40年代には県道が、昭和50年代には本町通りが拡幅されましたが、商店街が中心となって家並みを再現し、本町通りの景観は「手づくり郷土賞」を受賞しています。

飫肥城復元事業

日南海岸国定公園の観光開発が進んだことから、1974年に飫肥城の復元事業が開始されました。この事業により、飫肥城を中心に伝統的な住宅からなる武家屋敷群が、1977年に九州で最初の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

主な復元事業としては、1976年に藩校の振徳堂の改修、1978年に大手門の復元と歴史資料館の建設、1979年に書院造りの御殿である松尾ノ丸の建設が行われました。これらの総事業費は5億1800万円に達しましたが、そのうち2億2000万円が市民や企業からの募金で賄われました。

重要伝統的建造物群保存地区の概要

1977年、飫肥は「地方における小規模な城下町の典型的なものとして、侍屋敷の歴史的風致をよく表している」として、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

地区名称：日南市飫肥伝統的建造物群保存地区
種別：武家町
選定年月日：1977年5月18日
選定基準：伝統的建造物群および地割がよく旧態を保持しているもの
面積：19.8ヘクタール
伝統的建造物等物件数：162件

歴史的風致の維持と課題

飫肥は歴史的風致をよく留める地区ですが、条例によって景観が保存されているのは保存地区内のみです。城下町全体の面積は約100ヘクタールですが、保存地区は19.8ヘクタールに過ぎません。保存地区外では、都市計画法や建築基準法に基づいた規制や基準を満たせば自由に建築行為を行うことが可能なため、歴史的景観にそぐわない建築物も建てられる可能性があります。

また、保存地区内外には、文化財的価値の高い歴史的建造物が点在しますが、放置された空き家となっているものも多く、保存や改修には多額の費用が必要です。住民の高齢化が進み、空き家や空き地が増加しており、保存地区外の歴史的建造物が取り壊される例も増えています。さらに、寺社跡や近世墓地も管理者が不在のまま放置されている現状もあります。城下の街路では、電柱が景観を損ねる要因となっています。

重要伝統的建造物群保存地区外の景観保全、空き家や空き地問題は、今後の飫肥の歴史的風致の向上を目指す上での大きな課題となっています。

主な施設

現在の住居表示における「飫肥」地区は、旧城下町のみですが、「飫肥」地区外でも飫肥藩伊東氏に関連が深い施設があります。

飫肥地区内

重要伝統的建造物群保存地区内

飫肥城跡
豫章館：藩主・伊東祐帰が藩知事に任命後に移り住んだ屋敷。
振徳堂（藩校）：飫肥藩の藩校。明治の外交官である小村寿太郎や小倉処平などを輩出。1976年に復元されました。
旧伊東伝左衛門家：上級藩士の居住区にある武家屋敷。飫肥藩の家老職を務めた伊東氏の邸宅で、飫肥石の石垣と生垣が特徴。
旧山本猪平家：明治時代に飫肥の豪商が建てた邸宅。建築当初の姿をよく残しています。
小村寿太郎生家
(公財)服部植物研究所：世界で唯一の苔専門研究所。
小村寿太郎記念館：ポーツマス条約を締結した小村寿太郎の記念館。

保存地区外

高橋家住宅（旧高橋源次郎家）：城下町の商家筋にある登録有形文化財。地元資産家の邸宅で、現在は公開されています。
商家資料館：江戸時代の山林王が建てた商家を資料館として利用。当時の道具などを展示しています。
田ノ上八幡神社：飫肥藩初代藩主が城の鬼門を守るために遷座した神社。
旧飯田医院：大正時代に建てられた洋館で、スティック様式という建築様式が特徴です。

飫肥地区外の関連施設

五百禩（いおし）神社：伊東家の菩提寺であった報恩寺跡に建立された神社。歴代藩主の墓があります。
願成就寺：飫肥城の鬼門を守るために創建された寺院。飫肥杉を使った本堂や武家屋敷の薬医門を移築した山門が特徴です。

飫肥の文化財

国の登録有形文化財

服部植物研究所
五百禩神社
本殿
神楽殿及び拝殿
石塀
石橋及び石垣
高橋家住宅
主屋
離れ及び台所
納屋
西蔵
東蔵

国の登録記念物

* 旧伊東伝左衛門庭園

まとめ

飫肥は、歴史と文化が色濃く残る美しい城下町です。江戸時代の地割が残り、武家屋敷や商家が立ち並ぶ風景は、訪れる人々を魅了します。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている一方、保存地区外の景観保全や空き家問題など、課題も多く存在しています。これらの課題を解決し、後世にこの美しい町並みを残していくための取り組みが、今後さらに重要になってくるでしょう。

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