高丸 (人物)

高丸伝説：変遷と多様な姿

高丸は、鎌倉時代に成立した清水寺の創建伝説に登場する、陸奥国の伝説上の存在です。歴史上の人物ではなく、時代や地域によって異なる様相を呈し、その物語は複雑に変化を遂げてきました。南北朝時代には諏訪大社の縁起に取り込まれ、室町時代には御伽草子などにも登場するなど、その存在感は時代を超えて人々の心を捉えてきました。

平安時代：清水寺と田村麻呂

平安時代の『清水寺縁起』には、坂上田村麻呂による清水寺の創建が記されていますが、この時点では、清水寺の観音信仰と田村麻呂の蝦夷征討は関連づけられていませんでした。『今昔物語集』や『扶桑略記』などの文献でも同様です。田村麻呂と蝦夷征討の事蹟が清水寺の縁起に反映され、それに付会する形で「高丸伝説」が誕生したのは、鎌倉時代以降、武家社会と軍記物語が台頭してからのことです。

鎌倉時代：英雄田村麻呂と高丸の登場

中世文学において、田村麻呂は藤原利仁、藤原保昌、源頼光とともに、伝説的な武人として位置づけられていました。『保元物語』では、田村麻呂は上古の英雄として描かれ、利仁とともに鬼神を退治したという伝説化された記述が見られます。これが、後の田村麻呂の説話に高丸が登場する端緒となったと考えられます。

鎌倉時代末期には、『元亨釈書』において、平安時代の『清水寺縁起』には登場しなかった「奥州の逆賊高丸」を田村麻呂が討伐するという物語が付加されました。この鬼神討伐譚が加わることで、高丸伝説は、御伽草子『鈴鹿の草子』へと繋がっていきます。また、鎌倉時代には諏訪大社が軍神・狩猟の神として信仰を集め、特に御家人からの信仰が厚かったことから、高丸伝説は諏訪信仰とも結びついていきます。

南北朝時代：諏訪大社の縁起と高丸

南北朝時代には、諏訪大社が自らの神威を高めるために、田村麻呂と高丸の物語を縁起や祭礼由来に取り入れました。『神道集』や『諏訪大明神絵詞』などがその例です。これらの文献では、御射山祭や流鏑馬の由来の中で高丸が登場しています。『諏訪大明神絵詞』では、高丸は「安倍高丸」や「安倍氏悪事の高丸」として登場し、安倍氏が高丸の子孫であるとされています。また、『神道集』では、「稲瀬五郎田村丸」が登場し、御伽草子『鈴鹿の草子』の「稲瀬五郎坂上俊宗」と共通点が見られます。

室町時代：御伽草子と高丸

室町時代になると、『義経記』では田村麻呂が六韜という兵法書を読み、高丸を討伐したという記述が見られます。これは『元亨釈書』からの脚色であり、成立過程で悪路王伝説と混交された形跡があります。『吾妻鏡』の記述も影響している可能性があります。

様々なモチーフが混交し、御伽草子『田村の草子』が成立します。この作品では高丸は鬼として登場し、鈴鹿御前と田村丸が共に鬼退治をする物語が展開されます。物語には「鈴鹿系」と「田村系」の2種類があり、物語の展開に違いが見られますが、高丸に関する記述はほぼ共通しています。

御伽草子における高丸：多様な物語

『田村の草子』では、高丸は近江、明石など様々な場所で登場し、田村丸と激しい戦いを繰り広げます。鈴鹿御前の助力を受け、様々な超自然的な力を使って高丸を討伐するという物語が展開されます。これらの物語は、高丸を単なる悪役としてではなく、強力な存在として描いており、人々の想像力を掻き立てます。

史実性と地方伝説

高丸は歴史上の人物ではなく、鎌倉時代末期に創作された架空の人物です。地方には、高丸を討伐したという伝説が残り、寺院に奉納されたとされる刀剣なども存在します。

考証：安倍高丸と安日王、悪路王との関係

『諏訪大明神絵詞』では、安倍氏が高丸の子孫であるとされています。また、高丸は悪路王と同一視される場合もあります。しかし、両者の関係については、様々な解釈があり、確定的な結論は出ていません。

まとめ

高丸伝説は、時代や地域によって異なる様相を呈し、複雑に変化を遂げてきました。歴史的事実と伝説が混ざり合い、様々な物語が創作されてきました。高丸は、単なる伝説上の存在ではなく、人々の想像力と信仰心を反映した存在と言えるでしょう。

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