鶴見大学本源氏物語

鶴見大学本源氏物語：多様な写本群が織りなす物語

鶴見大学（神奈川県横浜市鶴見区）には、貴重な源氏物語写本群「鶴見大学本源氏物語」が所蔵されています。1963年、文学部の設置を機に本格的な古典籍蒐集が始まり、特に文学部長を務めた久松潜一氏の尽力により、源氏物語写本は重点的に収集されました。当時、紫式部学会の事務局が鶴見大学内に置かれていたことも、その背景の一つと言えるでしょう。

これらの写本は、書写年代や本文系統が実に多様です。鎌倉時代後期から江戸時代までの作品があり、青表紙本、河内本、そして別本系統の作品も含まれています。それぞれが独自の価値を持ち、源氏物語研究に大きく貢献しています。

各写本の概要

以下では、鶴見大学本源氏物語を構成する代表的な写本をいくつか紹介します。

須磨巻附帚木巻残巻（鎌倉時代後期）：冷泉為相筆と伝わる、須磨巻とわずかに帚木巻が残る写本。本文は主に青表紙本系統ですが、独自の異文も見られます。
須磨巻（南北朝時代）：二条為定筆と伝わる須磨巻の写本。青表紙本系統に属し、池田本、肖柏本、三条西家本などとの共通点や相違点が確認できます。
賢木・夕顔・紅葉賀巻（室町時代初期）：当初は賢木巻のみでしたが、後に夕顔巻、紅葉賀巻、そして東洋大学図書館所蔵の鈴虫巻が、本写本の僚巻であることが判明しました。4帖すべてに多くの朱筆傍記があり、青表紙本系統、特に日本大学所蔵三条西家本と類似性が高いです。
越国文庫旧蔵本（室町時代後期）：49帖が残る写本で、補修の際に巻の順序が入れ替わるなどの混乱が見られます。「越国文庫」の蔵書印から、越前国松平家福井藩の旧蔵書と推測されます。青表紙本系統ですが、河内本からの混入も確認されています。
澪標巻（室室町時代後期）：珍しい装丁が施された、澪標巻のみの写本。本文系統は別本に属し、青表紙本、河内本いずれとも異なる独自性が特徴です。『源氏物語別本集成 続』に採用されています。
花散里巻（室町時代後期）：花散里巻のみの写本。澪標巻と同様、珍しい装丁で、別本系統に属します。『源氏物語別本集成 続』に採用されています。
松風巻：里村玄仲が慶長19年に書写したとされる奥書のある写本。青表紙本系統で、肖柏本に近く、三条西家本との異文に関する添書きも存在します。
淀藩稲葉家旧蔵本：54帖揃いの写本ですが、複数の巻が合冊されている部分もあります。弘文莊の目録に「淀藩稲葉家旧蔵」と記載されていますが、具体的な裏付けは不明です。青表紙本系統で、肖柏本や三条西家本に近いです。
伝徳大寺公維筆本：徳大寺公維筆と伝わる写本で、奥入が多数含まれています。奥入の内容は、大島本附載奥入や自筆本奥入など、複数の系統が混在しています。
河内本・青表紙本混態零本：河内本と青表紙本系統が混在する珍しい写本です。
紹巴講釈本：詳細な注釈が書き込まれた写本で、「紹巴講釈本」と記されていますが、その真偽は不明です。
長谷範量書写奥書本：長谷範量による書写とされる奥書のある写本。宝永3年から5年にかけて書写されたと推定されます。
色替り外題升形本：美しい装丁が特徴的な写本。元和本に近い本文系統を持ちます。
奥入附載本：各巻に独自の奥入が付された写本です。

研究への貢献

これらの写本は、それぞれ異なる特徴を持ち、源氏物語の本文系統や成立過程、写本の伝播などを研究する上で貴重な資料となっています。特に、別本系統の写本である澪標巻と花散里巻は、『源氏物語別本集成 続』に収録され、その学術的価値が広く認められています。

鶴見大学本源氏物語は、単なる写本群ではなく、日本の文学史、文化史を紐解く鍵となる貴重な遺産です。今後も、更なる研究と保存が期待されます。

もう一度検索