黄衣の王

黄衣の王：クトゥルフ神話に影を落とす怪奇小説の謎

ロバート・W・チェンバースの短編集『黄衣の王』(1895年刊行)は、ゴシック小説と初期ホラー小説の要素を併せ持つ傑作です。しかし、この作品の魅力は単なる怪奇小説にとどまりません。同書に登場する架空の戯曲、そして同名の怪物は、後にクトゥルフ神話に大きな影響を与え、今日まで多くの読者やクリエイターを魅了し続けているのです。

物語の構成と多様な様相

『黄衣の王』は全10編の短編から構成されています。「名誉修理者」や「仮面」、「黄の印」など、それぞれ独立した物語でありながら、「黄衣の王」という戯曲、邪悪な超自然的存在「黄衣の王」、そして不吉な「黄の印」という3つの共通要素によって繋がりを持っています。

最初の4編はこれらの要素を中心に、怪しくも魅力的な謎を提示します。続く3編は怪談風の作品で、芸術家とその子孫が織りなす悲劇を描いています。そして最後の3編は、チェンバースの後の作風である恋愛小説風の作品が多いのが特徴です。この多様な作風が、作品の奥深さをさらに増しています。

チェンバースは自身の作品に、アンブローズ・ビアスの作品から「カルコサ」「ハリ」「ハスター」といった固有名詞を借用しており、後のクトゥルフ神話との繋がりを予感させる伏線となっています。


クトゥルフ神話との関わり：ラヴクラフトとの邂逅

1927年、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは『黄衣の王』を読み、その影響を強く受けました。彼は自身の作品『闇に囁くもの』(1930年)において、「黄の印」「ハリ湖」「ハスター」といった『黄衣の王』に登場する固有名詞を自身の創造物と共に登場させました。ラヴクラフトはチェンバースの手法、すなわち曖昧な表現によって読者に恐怖を想像させる手法も踏襲しています。

このことが契機となり、「黄衣の王」や関連する事物はクトゥルフ神話に取り込まれ、現在ではその一部として認識されています。ただし、よく言われる「ネクロノミコンのアイデア元が『黄衣の王』」という説は時系列的に誤りです。ラヴクラフトはネクロノミコンの設定を確立した後に『黄衣の王』を読み、既存の設定をさらに深めたのです。

「黄衣の王」とカルコサは一つのジャンルを、「ハスター」も「ハスター神話」と呼べるほどのジャンルを形成しており、両者は部分的に重複しています。


禁断の書物：「黄衣の王」の正体

『黄衣の王』は、美しくも恐ろしい言葉で綴られた2幕構成の戯曲とされています。ヒアデス星団のカルコサを舞台に、黄衣の王の存在が描かれていると伝えられています。

19世紀末、各国で刊行された『黄衣の王』ですが、その内容を読んだ者は精神に異常をきたし、狂気的な行動を起こす例が続出しました。そのため、この書物は発禁となり、舞台上演も禁止されたと言われています。

書物自体がハスター神話にまつわるアイテムであり、読むと発狂するという設定から、クトゥルフ神話における禁書イメージの代表例となっています。ジェイムズ・ブリッシュの"More Light"では、この書物の内容が引用されています。


怪物「黄衣の王」：クトゥルフ神話の邪神との繋がり

「黄衣の王」は怪物でもあります。『黄衣の王』を読んだ者は、やがて黄衣の王の姿を目撃し、狂気に囚われるとされています。

1980年代以降、『クトゥルフ神話TRPG』において、黄衣の王は邪神ハスターの化身の一つとみなされるようになりました。しかし、もともとは黄衣の王とハスターは別個の存在であり、両者が結びつけられたのは比較的新しい解釈です。

ジェイムズ・ブリッシュの"More Light"によると、黄衣の王は常人の倍ほどの身長で、異様な色彩の衣をまとっているとのこと。TRPGでは衣装の色は黄色とされ、「蒼白の仮面」で素顔を隠しているとされています。また、黄衣は衣装ではなく身体の一部であるという説もあります。

特徴的なのは、古風な金の象眼細工が施された黒い縞瑪瑙のメダル「黄の印」を持つ者の下に現れ、その魂を食らうという点です。「黄の印」を所持する者は、自分の意思でそれを捨てることができません。TRPGでは「黄の印」は歪んだ三つ巴のような図案でデザインされています。

J・トッド・キングリアの『ファン・グラーフの絵』では、ある絵を通して黄衣の王が現れる事件が描かれています。絵を見た者は、絵の中の悲痛に押し潰され、「黄衣の王」を目撃して自殺するというものです。

書物、メダル、絵画など、様々なアイテムが黄衣の王という怪物を呼び寄せる媒介となっているようです。黄衣の王の別名には「<時知らぬもの>イーティル」がありますが、このイーティルは地名としても用いられることがあります。『エンサイクロペディア・クトゥルフ』では、両方の意味が解説されています。


様々な作品への登場

「黄衣の王」は、ラヴクラフト、ブリッシュ、クトゥルフ神話TRPGシナリオ、ワグナー、キングリア、殊能将之といった多くの作品に登場し、その存在感を示しています。


まとめ

『黄衣の王』は、単なる怪奇小説という枠を超え、クトゥルフ神話に大きな影響を与えた作品です。禁断の書物、邪悪な怪物、そして謎めいた「黄の印」…。その魅力は、読者の想像力を掻き立て、現代においてもなお多くのクリエイターや読者を魅了し続けています。 その謎めいた世界観は、今後も多くの作品にインスピレーションを与え続けることでしょう。

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