黄金の子牛の礼拝 (ティントレット)

『モーセへの十戒の授与と黄金の子牛の礼拝』

ティントレットが1563年に制作したこの作品は、『旧約聖書』の「出エジプト記」を題材とし、シナイ山での十戒授与と、その間に行われた黄金の子牛崇拝という対照的な二つの出来事を描いています。ヴェネツィアのマドンナ・デッロルト教会に所蔵されており、その巨大なサイズとドラマチックな表現で知られています。

主題

モーセはユダヤ人を率いてエジプトを脱出し、シナイ山麓で野営しました。神は山頂からモーセを呼び出し、契約を守ることで聖なる民となることを告げました。モーセが人々に神の言葉を伝えると、人々は神の命に従うと誓います。神は3日後に山頂に降臨すると告げ、人々を清め、山に近づかないよう命じました。3日後、雷鳴とラッパの音とともに神が降臨し、モーセは山頂で神から十戒を授かります。神は自らの指で十戒を刻んだ石板をモーセに与えました。

一方、モーセの不在に不安を抱いた人々は、モーセの兄アロンに神像を造るよう求めました。アロンは彼らの金の装飾品を集め、溶かして黄金の子牛を制作し、祭壇に置いて宴を開き、踊り明かしました。山から降りてきたモーセは、この光景に激怒しました。

制作経緯

この作品に関する契約書は残っておらず、依頼主や制作の経緯は不明です。しかし、17世紀の画家カルロ・リドルフィは、ティントレットが自らマドンナ・デッロルト教会に作品制作を申し出たと伝えています。ティントレットは、自身の才能を世に知らしめるため、高さ50ピエーディの巨大な絵画2点の制作を提案しました。修道院長は資金不足を理由に一度は断りましたが、ティントレットが制作費用のみで良いと申し出たため、100ドゥカートの報酬で合意しました。美術史家フレデリック・イルヒマンは、この逸話が事実なら、ティントレットは画材費も回収できなかっただろうと指摘しています。当時、ティツィアーノが健在だったことから、ティントレットが名声を得るために無報酬同然で制作を引き受けたとしても不自然ではないとされています。

また、内陣にはティントレットによって四つの枢要徳の擬人像が制作されました。

作品

ティントレットは、画面上部に十戒授与の場面を、下部に黄金の子牛制作の場面を描いています。

十戒の授与

画面上部では、神が十戒を記した石板をモーセに渡すため、逆さまの姿勢で天から降りてくる場面が描かれています。神は両手を広げ、モーセを見つめ、モーセも両手を広げて神を見上げています。神は左手に十戒の半分が記された第一の石板を持ち、右手で第二の石板に残りの十戒を記しています。10人の天使は十戒を表しています。神から放たれる強烈な光は、天使たちに強い影を生み出し、神秘的なコントラストを作り出しています。モーセの身体は光によって色が変化し、まるで神の光で溶けているようです。

通常、十戒授与の場面ではモーセが石板を受け取る場面が描かれますが、ティントレットはモーセが神と対面する場面を描くことで、神の恩寵による十戒の授与を強調しています。雲は上部と下部を隔てる役割を担っています。

黄金の子牛の制作

画面下部では、イスラエルの人々が黄金の子牛の像を鋳造する場面が描かれています。モーセの兄アロンは、子牛の鋳型を指し示しています。鋳型の足元には、鋳造に用いる大量の黄金が積まれています。人々は、金の装飾品を持ち寄り、鋳型を運んでいます。画面右では、女性たちがシナイ山の中腹に座り、行列を眺めています。画面奥では、人々が寝そべったり座ったりして、休息しています。1人の母親が赤子に乳を与えている姿も描かれています。

ティントレットは、上部で神聖な場面を、下部で人間の愚かさを対比させ、構図も大胆かつ細密に描き分けています。

絵画に登場する人物の中には、ティントレットと同時代の人物の肖像が含まれているとされています。例えば、アロンは建築家ヤーコポ・サンソヴィーノ、鋳型を運ぶ4人の男はティントレット本人、ジョルジョーネ、パオロ・ヴェロネーゼ、ティツィアーノ、アロンの近くで宝石を集めている男はミケランジェロ・ブオナローティであるとされています。クネップフェルによると、黄金の子牛の制作場面と十戒授与の場面を合わせて描いた先例はなく、黄金の子牛の制作場面自体にも先例がありません。

解釈

クネップフェルは、対抗宗教改革との関連から、「十戒の授与」は神とモーセの出会いを主題とし、『最後の審判』は人間の救済を主題とすると解釈しました。アントニオ・マンノは、対作品の主題は「律法はモーセをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおってきたのである」という『新約聖書』の言葉にあると解釈しました。マイケル・ダグラス・スコットは、対作品を人類救済の歴史の始まりと終わりを象徴すると考えました。イルヒマンは、ティントレットが『黄金の子牛の礼拝』で誤った芸術の例を示し、『最後の審判』で宗教絵画の模範を示すことで、宗教芸術における芸術家の責任について意見表明していると解釈しました。

『黄金の子牛の礼拝』は、内陣上部に設置された枢要徳の擬人像と関連して、救済をめぐるトマス・アクィナスの思想を反映していると指摘されています。トマス・アクィナスによれば、人間は自由意志によって神に向かおうとし、枢要徳を得て道徳的に向上し、神から与えられた対神徳によって神へと上昇するとされています。そのため、黄金の子牛を制作する人々はまず枢要徳を得る必要があり、内陣上部の擬人像は枢要徳が救いに至る基本であることを示していると解釈できます。

来歴

この絵画は、ジョルジョ・ヴァザーリをはじめ、多くの美術史家によって言及されてきました。イギリスの美術評論家ジョン・ラスキンは、この作品を「ルネサンスのゴシック様式の興味深い例」と評し、湿気と怠慢によって傷んでいるものの、研究に値する作品だと述べています。

ギャラリー

マドンナ・デッロルト教会内陣の現在の絵画の配置

脚注

参考文献

黒江光彦監修、島田紀夫, 千足伸行ほか『西洋絵画作品名辞典』三省堂、1994年。ISBN 4385154279。
石川育子「2つの愛(カリタス) : ティントレットのマドンナ・デッロルト聖堂内陣対作品の意味についての一考察」『成城美学美術史』第21号、成城大学、2015年3月、85-111頁、CRID 1050282677580766464、ISSN 13405861。

外部リンク

マドンナ・デッロルト教区教会、ティントレット『黄金の子牛の礼拝』（Web archive）