黒い空間

『黒い空間』：浅川マキのライブとスタジオが交錯する世界

浅川マキが1994年12月21日に発表したアルバム『黒い空間』（くろいくうかん）は、彼女にとって通算27作目にあたる作品です。このアルバムは、主にライブでの演奏を収めたライブ・アルバムという形態を取りつつも、スタジオで新たに録音された楽曲も収録している点が特徴です。

アルバムの核を成すのは、1992年12月31日に東京・池袋にあった文芸坐ル・ピリエで行われた年越しライブから厳選された8曲のパフォーマンスです。浅川マキのボーカルを中心に、ライブを支えたのは植松孝夫（テナーサックス）、渋谷毅（ピアノ、オルガン）、川端民生（ベース）、セシル・モンロー（ドラムス）といった実力派のミュージシャンたちでした。このライブ音源からは、当時の浅川マキのステージが放つ緊迫感や深い表現力をうかがい知ることができます。

これに加え、1994年にスタジオで新たにレコーディングされた2曲と、ライブの合間に挟まれた「語り」が収められています。新録された楽曲は、「ワルツに抱かれて」と「Love Time」の2曲です。これらのスタジオ録音には、Bobby Watson（ベース）、Gemi Taylor（ギター）、Keith R.Haines（キーボード）、David C.Brown（ドラムス）が参加しており、ライブとは異なるアプローチによる演奏が楽しめます。特に「Love Time」は、1988年のアルバム『Nothing at all to lose』で発表された楽曲ですが、今回の新録バージョンではオリジナルの英語詩にあった男性ボーカルパートが省略されています。

収録曲は、浅川マキ自身が手がけた楽曲や、海外の楽曲に日本語詩をつけたものなど、彼女のキャリアを彩ってきた多彩なナンバーが並びます。1973年の『裏窓』に初収録された「ロンサム・ロード」、1977年の『流れを渡る』より「あなたに」と「あの人は行った」、1982年の『マイ・マン』からのタイトルチューン「マイ・マン」と「貧乏な暮し」、1978年の『寂しい日々』に収められた「暗い日曜日」、1980年の『ONE』から「都会に雨が降る頃」、そして1983年の『幻の男たち』からの「炎の向こうに」といった既発表曲が、ライブならではのアレンジや歌唱で蘇っています。また、新録の「ワルツに抱かれて」は1985年の『SOME YEARS PARST』が初出です。

これらの収録曲の中には、他のアルバムにも収録されている楽曲があります。「ワルツに抱かれて」はアルバム『DARKNESS II』に、ライブ収録の「あの人は行った」と新録の「Love Time」は『DARKNESS IV』にも収められています。

このアルバムの制作には、多くのスタッフが関わっています。1992年のライブ録音は水江英俊、越原由美、斉藤哲らが担当し、柴田徹がミキシングを手掛けました。1994年のスタジオ録音は諸鍛治辰也が担当し、吉野金次がミキシングを行っています。また、マスタリングは木下孝（ライブパート）と相川洋一（スタジオパート）がそれぞれ手掛けるなど、各工程で複数のエンジニアが携わっています。音響を担当した木下孝と柴田徹、照明の関根有紀子、衣装の小林ふさ子といったライブスタッフに加え、アートディレクションを永石勝、デザインを隆俊作が担当し、アルバムのアートワークを完成させています。写真家の西浦清、市川幸雄、田村玲央奈による写真がアートワークを彩り、小島みどりが編集を務めました。他にも、プロモーションを担当した加茂啓太郎や販売促進の小林壮一、エグゼクティブ・プロデューサーの中曽根純也など、多くの関係者の尽力によってこの作品は世に送り出されました。

『黒い空間』は、浅川マキのライブパフォーマンスの記録であると同時に、既存曲に新たな息吹を吹き込んだスタジオ録音も含むことで、彼女の音楽性の幅広さと深みを示す作品と言えるでしょう。ライブ特有の緊張感あふれる演奏と、クリアな音質のスタジオ録音が織りなすコントラストが、聴き手に独特の世界観を提示します。当時の彼女の活動の一端を伝える貴重な音源であるとともに、キャリアを代表する楽曲群を異なる形で味わえる一枚となっています。

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